「これ、日吉くんに渡してもらえないかな…」
「何?これ…」
「わかんない。ラブレターかも」
「えっ!? さんから!!?」
「ちっ、違うよ!!頼まれたの…図書当番してたら、 背が小さくてかわいらしい後輩の女の子と友達がやってきて、 火曜日が当番の日吉先輩に渡して下さいって。 直接渡せばいいのにね。ていうか、手紙だったら下駄箱が定番?」
「な、なんだ…びっくりしたよ。ていうかそれなら さんも日吉に直接渡したら?」
「やだ。絶対すっごい顔されるよ。気持ち悪いって言われて、 最悪の場合、私からなんて裏がありそうだって目の前で破られちゃうかも… そんな事になったら引き受けた以上、申し訳ないし」
「そうかなあ…勘違いして逆に舞い上がりそうだけど」
「ないない。ごめんね、変な役回りさせちゃって」
「まあ…俺から渡した方が凄い顔されそうだけど…渡しておくね」
「ありがとう」

じゃ、と言って放課後で込み合っている廊下を走っていく鳳くんの背中を、 彼が角を曲がって消えるまでじっと見ていた。




次の日、朝練を終えてばたばたと教室に入ってきた鳳くんは慌しく席(私の後ろ)に着いた。
その顔は何故かとても輝いており、ニュースだよ!と訴えかけていた。

「おはよう、あのね渡したよ昨日」
「おはよう。ちゃんと受け取ってた?」
「うん。まあ、想像通りいぶかしげな顔してたけどね」
「そっか。何て書いてあったんだろうねえ」
「それがね、
「席つけーホームルーム始めるぞー」

言いたくてうずうずしているといった鳳くんの言葉をさえぎるように 本日の始まりを告げる鐘が鳴り、気持ち悪いくらいピッタリのタイミングで担任が入ってきて。
その先の言葉はお昼ご飯食べながらでも、という事になった。


昼休み、いつもなら友達とテラスでお弁当開きをするが、 今日は後ろの席で鳳くんがそわそわしていたので行かなかった。
うちのクラスは昼休みになると教室から出て行く人がほとんどで、 教室内の方がかえって落ち着いた静かな空間に成り代わる。
だから私は大人しく鳳くんの机にイスをくるっと回転させて、お弁当のフタを開けた。

「でね、朝の続き」
「うん」

大きいお弁当箱の中から、鳳くんが卵焼きをつまむ (鳳くんちの卵焼きは甘い仕様。前一個もらったことがある)。

「もう一通、下駄箱に手紙が入ってたんだ」
「日吉くんに?」
「リアクション薄いなあ。もっと驚くかと思ってた」
「だって、テニス部ってそういうもんじゃないの? 鳳くんだってラブレター、1日に10通くらいもらうんじゃない?」
「ないない。跡部部長ならリアルかもしれないけど」
「そうなんだ」
「うん、でねその下駄箱の手紙がね、変だったんだよ」
「変?」
「白紙だったんだ」

まるで内緒話をしているように、鳳くんは少しだけ声のトーンを落としてそう言った。
謎解きを楽しんでいるようでもあった。

確かに白紙の手紙とは不可解である。
(でもそれがまた、日吉くんに合っている)

「おしゃれだね。日吉くん的にはそっちの方が気になるんじゃない?」
「そう、気になってた。気味悪がりながら、わくわくしてる顔だった」
「差出人もなかったの?」
「うん。ていうかラブレターなのかもわからなかった」
「どうして?」
「女の子が手紙交換でよくやるようなさ、 ミスプリをレター折りしたやつに丁寧な字で”日吉若様”って書かれてただけだった」
「ふうん…謎だね」
「何かよくわかんないけど気になるよね。何なんだろ」

そう言って鳳くんはちらっと私を盗み見た。

「…どうしたの?」
「ううん。この謎、 さんはどうみるかなーって」
「うーん…ていうかラブレターかどうかもわからないんだったら、 呪いの手紙かもしれないね。あぶり出しとか? それとも特に、意味は無いのかも。何となく、やっちゃったのかも」
「何となく、かあ」
「鳳」

鳳くんが頬杖をついて私を見て、それで私が何となく、コロッケを頬張った時だった。
教室の扉ががらっと音を立てた後、目の前の人物を呼ぶ声。
日吉くんだった。

日吉くんは鳳くんから視線をちょっとずらして私を見て、 訝しげな視線を一瞬、ほんの一瞬だけ私に送った。
それからすたすたと鳳くんの元へ歩いてきた。

「跡部さんが、今日は先輩たち顔出しに来るからそのつもりでってよ」
「わあ、じゃあ宍戸さんも来るね!」
「だろうな」
「昨日の手紙の事、先輩たちにも言っちゃおー」
「わざわざ広めるな」
「えー面白いのに。今 さんと相談してたところ」
「報告じゃなくて相談だったの?」
「日吉も混ざりなよ」
「お前なあ…」
「まあまあ」

何だかんだ言って、日吉くんはそのへんのあいている席の適当なイスに座った。
変な空間が出来上がったなあと思う。

「ところで日吉くん、後輩の子の手紙は読んだの?返事は?」
「ああ。まあ、返事はノーだな。直接持ってくるならまだしも 遠まわしに渡されて嬉しいわけないだろ」
「あ、でももらえると嬉しいんだ」
、お前俺を何だと思ってるんだ。人間だぞ」
「白紙の方は差出人、心当たりとかないの?」

この私の問いに、鳳くんと日吉くんは顔を見合わせた。

「ある」
「あるの?」
「しらばっくれるな。お前だろ」
「え」
「あのミスプリ、このクラスの担任が勘違いで頒布したもんだって鳳から聞いたぞ。 つまり差出人は、このクラスにいるわけだ」
「そうなの?」

意味がわからなくて鳳くんの方を見ると、言い表せない表情で私を見ていた。
口裏をあわせて欲しそうな感じの顔だった。
どうしたもんかと一瞬迷ったが、とりあえず乗っておくことにした。
(そうなの?と言ってしまってからでは遅いかもしれないが)

「えっとあーっと、うん、ごめんね、あれ、うん、まあへへ」
「やっぱりな。何の嫌がらせだ」
「えっと…ほら、ラブレターのマネ?」
「ちなみにな」
「まだ何かあるの?」
「鳳から受け取ったラブレターの差出人、後輩らしいが存在しないぞ」

勝ち誇ったように日吉くんは言い放った。
『犯人は、お前だ!』と言われているかのようで心臓がばくばくいいだして。 私は平静を装うので精一杯になった。

「なんでわかるの?」
「今しがた図書カードのデータベースで調べてきた」
「えええ、それって職権乱用っていうんだよ(日吉くんは図書委員だからね)」
「施設の有効活用だ」
「言い訳になってないよ」
「差出人が存在しないラブレターに、差出人不明の白紙の手紙。 いよいよ謎が深まってきたね」

先ほどから変にあせっている鳳くんが、そう言ってまた卵焼きを頬張った。

「で、だ。鳳に問い詰めたところあのラブレター、出所はお前だそうだな」
「…そう、だけど…」
「何をたくらんでる」
「…何って、別に何も」

わけがわからなくて。何故か鳳くんは楽しそうで。 日吉くんも楽しそうで。
私だけが頭の上にハテナマークを浮かべていた。

だって、あのラブレターは確かに存在する女の子から受け取ったのだ。
ラブレターを持ってきた子とその手紙を書いた本人が一致するかどうかは、 まあ考えてみれば私はその子を知らないわけだから可能性としては半々だろう。

(一番腑に落ちないのは鳳くんのさっきの顔かなあ)
(口裏合わせて欲しい風だけど‥絶対何か知ってる)

「…なに、」

日吉くんが突然入ってきて食べ損ねたまま箸でつまみ続けていたコロッケから、 ふと視線を上げて日吉くんを見るとあっちも私を見ていて。 その目があまりに鋭くて不気味(失礼だけど本当にそうだった)だったので 思わず私はコロッケをお弁当箱の中へバンジージャンプさせてしまった。

「何って、別に何も?」
「…それさっき私が言ったよ」
「へえ。まあ今日はこの辺で勘弁してやるよ」

そう捨て台詞を吐いて日吉くんは教室から出て行った。
その後姿を訝しげに私が追い続けたのは言うまでもない。


白紙のラブレター