人間という生物は貪欲に新しいものを飲み込もうとする欲望を生まれながらに 植えつけられているのかもしれない。 いや、それは人間に限らず命あるもの総てに相応するものであり、 進化の過程で必要なものだったのかもしれない。
とりあえず万人にそれが当てはまるかは別として、私は今の退屈な日常を飛び出して 新しい何か、普遍なものではなく若しくはいつかはなくなってしまうような何か、を求めていた。
(、のだと思う)



例えば登下校中に目の前に現れたノラ猫を追いかけたり、あからさまに怪しげな林に足を踏み込んでみたり、 そういう体験は誰しも一度はしたことがあるのではないかと思う。
かくしてその心はといえば、得たいの知れない好奇心と新たな発見、現状を打破してはくれないかと いう期待、あるいは願望そんなとこじゃないだろうか。
しかしそんな事をやってみたとして運よく奇想天外な目にあえるのはドラマや漫画の主人公だけだ。 かといってそれを止められないのは淡い期待というものが拭い捨てられないからだ。

友達に言わせて見ればちょっと痛い、そんな思考の持ち主の私が今夢中になっているのは、 図書カードの名前おっかけごっこであった。
いつか見たアニメ映画にそんなのがなかったか。
自分が借りる書物の図書カードに、見覚えのある名前が見つかるとか。 それが数冊重複するとか。 それを発見した時私は歓喜に心を満たされた。
その日から、無駄に図書館に通う時間が増えたのは言うまでもない。




「ひよし、わか?うーん…わか…女の子かな?」
「は?今なんか言った?」
「図書カードの名前の人」
「ああ、例のあんたの狂言についてね」
「今度こそ何か起きるって」
「あっそ。で、何だって?」
「だから、この名前の人。女の人かなーって」
「どれどれ」

お昼ごはんを食べながらも頭の中にあるのは図書カードのことばかりだった。 今日もさっさとお弁当を平らげて、図書館に新たな本を借りに走ろうと思っていた。 友達はそんな私を見て頭の可哀想な子だとため息をつくだけだったが、 多少オカルトめいたものが好きなだけあって私の話には興味の一つは沸くようで、 こうして呆れながらも話に乗ってくれる。
しかしそんな友達が私の手の中の図書カードを見てしかめっ面をしたのを見て何だか嫌な予感がした。

「あー残念でした。あんたの王子様は隣のクラスのじめじめ日吉」
「隣のクラス?」
「そうそう。これ、わかしって読むんだよ。男、男。しかも陰湿、根暗、キノコ」
「キノコ?」
「髪型が。テニス部では多少有名らしいけど、何か近寄りがたいんだよね」
「へえ」

正体不明だった謎が、こうもあっさりわかってしまうと少し物足りない感じがする。
けれど案外近いところにいたものだと関心したり、わくわくしたりもした。 友達の様子からすると爽やかでイケメンで優しくて、という人ではないようだったが それでも私の好奇心はまだ枯れていなかった。

「いつか会えたらいいなー」
「いや、隣のクラスだし。ていうか見たことくらいあるんじゃない? いくらマンモス校でもさあ。あたし去年同じクラスだったから集合写真とかあるよ」
「すれ違ったことくらいあるのかな…?あ、いいよ私自然な出会いを待つから!」
「あんたはまた…自然自然って、世の中白馬に乗った王子様を夢見たっていつまでも 迎えに来るわけないんだからね。さっさと日吉を目の当たりにして現実に戻ってきなって」
「いいんだってば。素敵な人かもしれないし」

いろいろ想像に走る私を目の前にため息を一つついて諦めた様子の友人は、私の弁当箱から 卵焼きを掻っ攫っていった。




(あれ、私の後に日吉くんの名前)

昼休みの図書館は割りと混んでいる。登校時間にかかわる朝の時間帯や、 放課後とは違って行く場所と暇を持て余している生徒が集まってくるからだ。 そんなちょっとした賑わいをみせる中、私は以前借りた本がまた読みたくなってぐるぐると 図書館をめぐっていた。 やっと探し当てたそれには、サプライズがついてきた。
当たり前のように図書カードをチェックすると、なんと私の名前の下に日吉くんの 名前があったのである。 少し癖のある、けれど綺麗でかっこいい(習字みたいな)字で確かに【日吉若】と書いてあった。
それにわくわくした私は、まさかこれはと新たな玩具を見つけた 感覚で以前借りた本を思い出せる限りで探索することにした。

(あ、これも)

昼休みが終わりそうになるというのに、私の心はまるで浮いているようにわくわくしていた。 たとえこの後、眠たい歴史の授業が待っていたとしても、だ。
まるで期待に答えるように図書カードに現れる【日吉】くんの名前。
満足して手に取った本を棚に戻した時、昼休み終わり5分前の予鈴が鳴った。 これに逆らうことが出来ない私はもっと探索したいという好奇心をやっとのころで押さえきって 入り口へと向かったわけなのだが、その時司書の先生が発した言葉に私の身体は硬直した。

「あ、日吉くん!」

思わず振り返ると、そんな私のリアクションに驚いたきのこヘアーの人が立っていた。 その顔はいかにも、自分は日吉だがお前の苗字も日吉なのかといったような訝しげな色を浮かべていた。
(そもそも私は女の子ですよ)

「日吉くん?どうかした?」
「あ、いえ何でもありません。どうかしましたか?」
「ならいいけど、こないだリクエストがあった本の事なんだけどね、」

一瞬のことだったと思う。
目が合って、火花みたいなものが散ったように感じた。
(多分その瞬間、私は『恋』みたいなものに落ちた)
司書の先生に再び声をかけられて、私達の視線はあっという間にほころんでしまったけれど。 友達が言っていた外見についての感想を裏切らない見事な髪型だった。
(でも、さらさらで透き通ってた!)



まるでスキップしたまま空に上っていけそうな浮きだった気持ちのまま教室に戻ると、 にやにやが収まらない私の顔を見て友達が「キモイ」と釘を刺した。
案の定歴史そっちのけで頭の中にあるのは【日吉】くんの事だけで。
これから何かが起こってくれないかなあという淡い期待と好奇心を胸に、多分放課後も 図書室へ向かうのだろうと思うとわくわくして仕方なかった。


しみわたる瞬間の、鮮やかさと無心