11:)マウントポジション

うちのクラスには物凄く騒がしい男子生徒がいる。ヤツの名前は桃城武。 よく言えばムードメーカーだが悪く言えばただのバカだ(それ以外に言葉が見つからない)。
けれどそんな桃城とは切っても切れない縁で繋がっているのかもしれない。最悪だ。 小学校が同じで、おぞましい事に中学2年の今に至るまでにずうっと同じクラスに所属してきた。
(呪われてる、桃城武と言う名の疫病神に憑かれているに違いない)

仲が良いと、いえるのか言えないのかわからないようなギリギリのラインで私たちは生活している。 何でかというと、私はアイツに関わると本当に運がない。
例をひとつあげるとしよう。それはまさに今起こっている。



放課後、掃除当番で残っていると男子がほうきでチャンバラを始めた。
大体いつもの事で、「真面目にやれ!」と言ったところで効果は無い。 (皆、先生に見つかって怒られてしまえばいいんだ!)と腹を立てながらもスルーするのが望ましい。 なぜならそのチャンバラ軍団の中に桃城武がいるからだ。

私は黒板消しをクリーナーにかけ、黒板の端から端まで綺麗にふいて、また黒板消しをクリーナーにかけてという作業を繰り返していた。 納得のいく範囲までそれを繰り返した後、役に立たない男子の変わりに掃除用具入れから箒を一本取り出して掃き始めようとした。
けれども。
ドンッという横からの衝撃に私はよろめいて、そのまま雑巾がけようのバケツ(汚い水が張ってある)に向かって突っ込んだ。
バシャーンと言う派手な音をたてて倒れたバケツのおかげで、教室の床は水浸しになり私は汚い水を被ることになってしまった。

うん、振り向かなくたってわかる。
確実にぶつかってきたやつは桃城武で、きっと今みすぼらしい姿になっている私の背中の方で青ざめているに違いない。

「あ、あのよ、」

そのおどおどとした声はやはり桃城だった。

「…桃城……また、あんた、か!」

ぐわっと立ち上がって地面を蹴る、不穏な空気を察して桃城も床を蹴る。
それはあまりにも見慣れた光景で、私たちが教室を飛び出して全力でかけっこしている姿を見てもほとんどの生徒は驚かない (何でこんな目にあわなくちゃいけないんだ)。

桃城は「悪かったってーーー!」と叫びながらかけまわり(足、速すぎ)、 私は「絶対に許さない、ていうか、止まれ、」と息を切らしながら追いかける。
それは物凄く疲れることで、追いかけなければいいのに(何で追いかけてんだろう態々)と自分でも謎な行動なのだけれど、 一度習慣になってしまったものを途中で止めるのは難しい事なのだ。 (ほら、周りの期待とかもあるし?)何て意味不明な理屈を自分の中でゴリ押しする。

だから私は、走る。桃城の背中を追いかけて。


私が疲れて、もういいやってなって立ち止まった頃いつも桃城も立ち止まる。
そしてとぼとぼと私のところに歩いてきて、「悪かったって」と頭を掻きながら言う。
(あんた、それあと何度言えば気が済むのよ)

「今日は許さない、泥水被ったんだから!」と油断していた桃城の胸倉を掴もうとして、 それに気付いた桃城が凄い反射神経で避けようとして、私たちは揃って転倒した。
(だから、どうしてこうなるのよ)
結果的に桃城のマウントポジションを勝ち取ったわけなんだけれども、 倒れこんできた私を支えようとした桃城の手は私の腰を掴んでいて、 その状況がどうにも彼にとっても不本意な事だったらしく私たちは柄にもなく妙に照れてしまった。

「離してよ、立てない」
「ああ、悪い」
「…私は、謝んないからね」

桃城の上からそろそろとどけた後、立ち上がろうとしない彼の隣にぺたんと座り込んだ。 濡れていたスカートに、砂がじゃりじゃりと絡みついた(あーあ)。

「お、飛行機雲」
「はあ?」

大の字になったまま桃城がそういうので私も空を見上げてみた。
(ああ、確かに空が澄み渡っていて飛行機雲が目立つこと)

「…ごめん、背中打たなかった?」

何だかばかばかしくなってそう謝ると、桃城はにかっと笑って「別に」と言った。