10:)鼻血

ガタン、ゴン、盛大な音が教室の中に反響した。




「い、っッ、、」
「うあ、ごっ、め、」

今しがた盛大に頭を打った財前くんが殺気だった顔でギロリと私を睨んできた。 その目尻には少しだけ涙が滲んでいて、相当な衝撃だった事が伺える。

(ほんの、出来心だった)

前の席の財前くんがイスに座ろうとそれを引いて、 (ああ、ボケるチャンスだ)なんてぼんやり考えてそれをさらに私の方に引いた。
想定していた位置にイスが無かった財前くんは盛大にずっこけて、おまけにイスの角に頭をぶつけた。
びっくりしたのは私も一緒で、まさかそんな事になろうとはちっとも思わず。 なんだなんだとざわめく教室の中で、私は財前くんに睨まれたまま戦慄した(めっちゃ怒っとる)。

財前くんは手で後頭部をさすりながらおもむろに立ち上がって、 それから私の腕をひっつかんでぐいと立たせてそのままぐんぐんと教室を離れていった。
「え、うぇ?!」と私は言葉にならない声を上げながら、 これからボッコボコにされる自分を想像して恐怖した。



しばらくしたところで財前くんはふいに立ち止まり、私を振り返って「何してくれてんねん」 とドスの聞いた低音をぶちまけてきた。

「あ、いや、ほんと、ごめん、その、スキンシップ、を、とり、たくて」
「悪意しか感じへんかったんやけど」
「う、ま、まさかあんな派手にこけると思てなくて、」
「ほう」
「ほんまにごめん!二発くらい私の事殴ってくれてええから!」

とことん私の頭の中には思いつきと突発的なものしか浮かばないのか、 自分で殴ってくれと口走ったのはいいもののそんな体験した事がなく、 とりあえず歯を食いしばってぎゅっと目を瞑って衝撃に備えてみる。
しかし、しばらく経っても衝撃は訪れず財前くんも何も言わなかった。

少ししてくつくつと笑い声が聞こえたのでおそるおそる目を開けると、その瞬間に両頬をぺち、と軽く叩かれた。

「え、そんだけ?」
「まあええわ。一回目やから見逃したる。今不細工な顔見れたしな」
「ええ!?ひどい!いや酷いの私やんな、ほんまにごめんね。ところで何でわざわざここまで来たん、ボコるためかと思ったんやけど」
「教室おったら注目されるやろ」
「ええ、こっちの方が充分注目されたと思うで」
「それはそれでええんちゃう。スキンシップしたかったんやろ」
「何やちゃう気するけどーーーーって財前くん、血ぃ、鼻血!」

ぽた、と床に一滴血が滴って、財前くんは「あーあ」と他人事のように言った。 私はびっくりして思わず財前くんの鼻筋をぐっと抓んで再び睨まれたのだった。



小中学ってイス引き流行りませんでしたか。
あれ、今考えると物凄い危険ですよね。