05:)口の端が切れた

「あらやだ」
「どないしてん小春」

授業の合間休みにネタについて話し合っていたら、小春が急に口元をおさえて静かになった。 何かと思って不安になる俺を余所に、小春は自分のカバンをあざくり始めた。 「んー」と言いながら眉をひそめ、結局物を取り出すこともなく。

「小春?」
「ユウくんリップなんか持ってへんやろなあ」
「リップ?」
「口の端切れてもうたわ。アタシとした事が今日に限ってリップ忘れてん。乙女失格やわあ」
「リップなんかなくても小春は天下一の乙女やで!」
「ユウくん!」
「小春ぅ!」

ガシっと抱き合うと、周りから「うおっ」だの「またやってるよ」だのとりどりの反応が起こる。

「せやけど痛いし気になるわあ」
「よっしゃ、待っとき」
「あら、どこ行くの?」

盛大にイスを引いて勢いよく立ちあがって教室を見渡すと、窓際で静かに携帯を打っている女子が目にとまる。 大勢で集まっているところに行くのは(小春が見ている手前)落ち着かないので、 彼女に狙いを絞りこむ。
ずんずんとまっすぐに近づいていくと、俺に気付いた彼女が顔を上げた。

「なあ」
「うん?」
「リップ持ってへん?」
「リップ?」
「口の端きれてもうて(小春が)」
「ああ、」

そう言って彼女は少し考え込み、俺はそのほんの少しの間彼女の顔をじっと見ていた。

「持ってたんやけど、さっき使い切ってもうてこれしかない」
「?」
「ん」

使い切ったのに「これしかない」という彼女の言葉に疑問を抱いていると、 彼女はちょっと突き出した自分の唇を指さしてみせた。 ああ、そういうことか。

「貸したげよか?」
「ほな、ありがたく〜、って何でやねん!」
「おお、やっぱりノリがええね!」
「試したんかい!」
「ごめんごめん、ほんまはあるよ。はい、チューブ式やから間接チュウにもならんで」

彼女はふわりと笑って、制服のポケットから小さなチューブを取り出した。
それをありがたく受け取って「すまん借りるわ」と言って小春のところに戻ると、 「何やってんのユウくん、顔真っ赤やん青臭いわあ」と呆れたように俺を見た。

「あら、いいとこのリップね」と言いながらそれを小指で丁寧に唇に塗っていく小春を見ながら、 俺はさっきの彼女の唇を思い出していた。