01:)たたく

蝉の声がうるさい、夏の教室は暑かった。
パタパタと下敷きで仰ぐ音も負けじと劣らずうるさくて、 そのせいで教室の気温がますます上がっているような気がした。
(先生も注意すればいいのに)
先ほどから経典でも朗読しているようなぼそぼそ声の先生は、 ひたすら黒板に文字を並べては「えー、」とところどころ言いながら 教科書の中身を説明している。
この「えー、」という言葉をカウントしているヤツがいるんじゃないだろうかと ぼーっとした頭であたりを見渡すと、 席が隣通しの一組が肩を小さく震わせて笑っている様子が目に入った。
(あれは絶対カウントしてる)
そう思った後、視線を動かすと遠くの席で机にへばりついている謙也が目に入った。
顔は机の上で交差された両腕に突っ伏されていたけれどあれは確実に眠っている。 ハードな朝練習があったのだから疲れて眠くなる(この先生の授業は特に)のも わかる気がするけれど、私がこうやって起きているのに 謙也が寝ているのは何だか腹が立つ。
(謙也のくせに)

チャイムが鳴り終わって教室がざわざわし始めた頃、 私は教科書を丸めながらおもむろに立ち上がった。 迷い無く謙也の机の横に立って、軽く持ち上げた右手のそれを 謙也の後頭部めがけて振り下ろした。
思ったよりスパンといういい音がして、「おお」と声を上げると謙也はびっくりして起き上がった。

「すっ、すいません!!!」

あまりにも大きな声で発せられた謙也のそれは、一瞬教室のざわめきを吸い込んだ。 何人かが爆笑し、何人かが無視を決め込み、何人かが「うるさい」というように嫌な顔をした。
当の本人は、何が起きているのかさっぱりわからず辺りを見回し、 私の手の中にある凶器を見つけて「お前えええ」と怒り出した。 (どうやら状況を把握したらしい。先生に怒られたとでも思ったのだろう)

「いったいやんか何すんねん!!」
「居眠りする方が悪いんだよ」
「ぐ、せやけどもっと女の子らしい起こし方あるやんか!!」

その物言いにちょっと腹がたって、「謙也くん起きて〜」と甘ったるい声を出してやると 「お前がやるときもいわ」といってくさい顔をされた。
だから、もう一発くらわせてやった。

「おっまえなあ!俺の脳細胞そのうち全部死んでまう!!」

涙目で訴えてくる謙也を見てたら、気持ちがすっとして。
暑いはずの教室がそれほど憎くはなくなった。