ツイストスピンショット。
観月さんに言われた通りのメニューで特訓して、最近やっと習得した技だ。
それにさらに磨きをかけるために、最近は遅くまでコートに残って一人ひたすらボールと向き合っている。
コートにはナイター設備がついているし、夏の間は大会が近いこともあって学校の閉鎖時間もいつもより遅くなっている。だからつい夢中になってボールを追いかけている間にすっかりあたりが闇に飲み込まれてしまったりして。

ナイターの明かりが消えた頃、ようやく時計を見て驚く。やばっ、と小さく呟いて急いで片付け始めた。
近くの道路の街頭からもれる小さな明かりだけで出来る限りのコート整備を終えると部室へ急いだ。電力も落ちてしまうので当然部室の電気なんてつくわけがない。真っ暗闇の中手探りで自分の荷物を探し当て、着替えはあきらめてそのまま帰る事にした。
部室の扉に鍵をかけようと観月さんから受け取っていたスペアを鞄から取り出し、ふと言われたことを思い出した。

『練習に身を入れるのはいいことですが、寮の時間も厳守してくださいよ』

つい一昨日も今日みたいに夢中になっていて、寮の門限までに帰れなくなってしまった。
あせって携帯のディスプレイでもう一度時間を確かめると、全力で走れば間に合うかと思われる時間だった。

ガチャリと音がして、扉がしまったのを確認するためにドアノブをまわした。
校門へ向かおうと振り向いた時、暗闇の中でじゃり、じゃりっと足音が聞こえてきた。
驚いてあたりを見回す。事務の人が学校点検の見回りにやってきたのだろうと思ったが、手に持っているだろう懐中電灯の明かりはどこにも見当たらなかった。
それでも少しずつ近づいてくる足音に思わず息を潜めた。

暗闇の中で聴覚が異常に音を鮮明にさせていた。
見えない恐怖が徐々にわきあがってきて、思わず目を瞑ってそこにしゃがみこんだ。

そういえば最近金田が、この学校の敷地は昔合戦場になったことがあるのだという話をしていたような気がする。
嫌な汗が背筋を伝って息を呑んだ。このまま駆け抜けたらあの足音を振り切れるだろうか。そんな事を考えたが足がすくんで動かなかった。

冴え渡る空気の中で、足音だけが耳に届く。鳴いていたはずの虫の声なんてもう一切聞こえていなかった。
足音は時折立ち止まりながら、それでも確実にこちらにむかっていた。
土を踏む音と共に、ガサっという何かが摺れる音も聞こえてくる。相手は何か、鎌でも持っているのか、俺の首をとりに来たのか。


ついに恐怖に耐えかねて、気づけば立ち上がって大声を上げていた。

「俺はまだ死ねないんだーーー!!!」
「おや裕太君、そこでしたか」
「え?」

聞き覚えのある声に思わず間の抜けた声が出た。
迷わず携帯のライトをつけると人影は眩しそうに腕で顔を覆った。

「み、観月さん!!」
「何ですかさっきから。大声あげたりして。死ねないってあなた、何してたんですか」
「なっ、なな、な、何してるんですかこんな暗いところで!!」
「あなたが遅いから迎えに来たんですよ。門限は守っていただかなくては。事もあろうに僕所属のテニス部の部員が二度も門限を破るなんて考えるだけでもぞっとしますからね」

安堵感が一気に全身を駆け抜けて、思わずその場にしゃがみこんだ。

「何してるんですか。さあほら、帰りますよ」
「はい…すいません」
「お腹も減ってるだろうと思っておにぎりまで持ってきてあげたんですよ。感謝してください」

ガサガサと音を立てていた正体がおにぎりを入れていた袋だとわかって、少し笑った。俺はおにぎりに殺されると思っていたのか。むしろ観月さんに殺されると思っていたのか。



一気におかしくなってお腹を抱えて笑うと、観月さんの不機嫌そうな声が聞こえた。
寮についたとき、門限はとっくに過ぎていたのに怒られなかったのは何も言わなかったけど観月さんが断ってくれていたおかげだった。

その気遣いに、心があたたかくなって少しだけくすぐったさを感じた。

嫌なことだけ聞こえる耳で、足音を追いかける