君が代斉唱時の起立を義務化する大阪府条例案に反対する意見書 大阪労働者弁護団 2011.5.25 |
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1 本年5月20日、地域政党「大阪維新の会」府議団は、府立学校の卒業式などの「君が代」斉唱時の起立を教員に義務づける条例案を大阪府議会に提出する旨を、議長に通告した。 しかし、同条例案は、「思想及び良心の自由はこれを侵してはならない」と定める憲法19条に反して違憲であり、教育基本法16条1項に違反する。 理由を以下に述べる。 2 君が代斉唱時の起立義務付けは憲法19条に違反すること 「君が代」は、国旗国歌法が国歌として規定する楽曲であるが、もともと明治時代の初めに、軍隊が天皇を迎えて敬礼する曲として採用されたもので、歌詞の内容も「天皇の治世がいつまでも続くように」との内容が込められている。その後、この曲の「精神」は、軍国主義体制の維持のために政治権力により利用され、先の世界大戦時には、人の命よりも、天皇制の維持を優先するイデオロギーの象徴としての役割を果たし、悲惨な戦争遂行に利用されたという歴史背景がある。 そのため現在も、「君が代」を斉唱する行為や斉唱時に起立する行為が、特定の国家観・歴史観の保持の表明にあたると感じ、自身の歴史観・国家観に照らして、これを行いたくない、または、行うべきでないと考える者がいる。上記の歴史的背景や歌詞の意味からすれば、それは十分に理解しうる考え方である。 とりわけ、戦前に「お国のために死ぬように」との教育を行い、あたら若い希望に満ちた命を散らせる結果をもたらした教育界にとって、戦後「二度と子どもたちを戦地に送るな」が悲願であった。よって、教職にある者の中で、より一層、君が代に込められた国家観や、これを子どもたちに無批判に「植え付ける」ことに、強い抵抗を感じる者があるのは自然の道理である。この点、教員の不起立行為等が、こうした「真摯な動機」に基づくものであることは、2011年3月10日・東京高裁判決も認めるところである。 上記のような国家観・歴史観を持つ者にとって、「君が代」の斉唱や斉唱時の起立行為は、その国家観・歴史観と不可分一体であって、思想及び良心の根幹に関わるものである。 従って、これを条例により義務づけることは、憲法19条に違反し許されない。 この点、音楽教師の「君が代」伴奏に関する2007年2月27日最高裁第三小法廷判決は、上記の観点から賛同できないものであるうえに、同判決も条例による起立義務付け の点を判断したものでない。 なお、公務員が「全体の奉仕者」(憲法15条2項)であることを理由に、起立等の義務づけが許されるという議論は、失当である。「全体の奉仕者」の趣旨は、すべての市民に公平平等に公的サービスを提供するという理念を表明したもので、国家権力によって特定の国家観・歴史観を強要されることを甘受すべき理由にはならない。 3 教育に対する不当な支配にあたることについて 教育基本法16条1項は、「教育は、不当な支配に服することなく」と規定している。これは、時々の政治的多数派による特定の価値観を、公教育の内容や教育行政の遂行に反映させることを防止し、公教育の継続性と中立性の確保を求める趣旨である。また、国家権力による教育内容への介入の結果、児童・生徒らが、国家権力の方針に無批判に従う方向へ操作された戦前への痛恨の反省も背景にある。 前述のとおり、「君が代」は、その歴史的背景に照らし、個人の国家観・歴史観と結びついており、公教育現場において、公権力が教員らに対して、その斉唱時の起立を強制することは、公権力が「君が代」をとおして、特定の価値観・国家観を教育現場に持ち込むことを意味する。 これはまさに、公権力が、特定の国家観・歴史観を、教育の内容や教育行政の遂行に反映させようとするもので、「不当な支配」そのものであるから、到底許されない。 4 教員以外の市民の、思想良心の自由にも圧迫をもたらすこと 仮に、君が代斉唱時の起立を義務付ける条例が制定された場合には、生徒も、事実上起立せざるを得なくなり、さらには、参列した保護者来賓も起立せざるを得なくなる状況が作り出されることになる。ひとたび、思想良心の自由を侵害する内容の条例が制定された場合には、それは、教員のみにとどまらず、広く府民全体に広がり、最終的には、社会全体で、個人の思想・良心の自由が封殺される土壌を形成することとなろう。 なお、教員による不起立行為等は、子どもの学習権を奪うというような論調もあり得るが、全くの失当である。むしろ、「君が代は、絶対に立って歌うもの」として教員に強制しながら、「教える」ことこそ、「君が代」にまつわる歴史的背景や問題点を学ぶ機会と、それに基づく自発的な思索を行う機会とを、児童・生徒から奪うものである。 5 以上により、大阪労働者弁護団は、大阪維新の会が提案しようとしている君が代起立義務付け条例案に断固として反対するものであり、同条例案は、撤回ないし廃案とされるべきは明白である。 以上 |