君が代斉唱時の起立を義務化する大阪府条例案に反対する
          大阪弁護士会会長声明
  2011.5.24                                                 
                

 本年5月20日、地域政党「大阪維新の会」府議団は、府立学校の卒業式などの「君が代」斉唱時の起立を教員に義務づける条例案を大阪府議会に提出する旨を、議長に通告した。また、同地域政党代表は、同条例案とは別に、君が代斉唱時に起立を行わない教員に対する処罰基準を定める条例秦を本年9月府議会に提出する方針を明らかにしている。

 憲法19条や市民的及び政治的権利に関する国際規約18条に定める思想及び良心の自由は、内面的精神活動の中で最も中核を占める重要な権利である。そして、国旗及び国歌に関する法律が制定された現在においても、国民の間には「日の丸」「君が代」に対して多様な意見が存在しており、その歴史的経緯に照らし、「君が代」斉唱時に起立することに抵抗を感じる者も少なくない。このことは、「君が代」斉唱時に起立しないことが、決して独善的で特異なものではなく、それが一般に共有可能な歴史観や真撃な動機に基づくものであること、すなわち、思想及び良心の自由として憲法上の保護を受けうるものであることを示している。従って、職務命令や条例によって教員に「君が代」斉唱時の起立を義務付け、当該義務違反に対して懲戒処分をもって臨むことは、教員の思想及び良心の自由を侵害し、違憲となる疑いが強い。このことは、強制を受ける教員が、公務員である場合も同様である。確かに公務員は「全体の奉仕者」(憲法15条2項)として憲法上位置づけられているが、「全体の奉仕者」とは、国民主権の意法下での公務員の抽象的な指導原理を述べたに過ぎず、公務員の職務の性質と無関係に、一律全面的に公務員の憲法上の自由を制限する根拠となるものではない。

 2011年(平成23年)3月10日、東京高等裁判所は、都立学校の教職員に対し卒業式等の国歌斉唱時に起立斉唱等しなかったためになされた懲戒処分を取り消す旨の判決を言い渡した。当該判決は、教職員らの不起立行為が「歴史観ないし世界観又は信条及びこれに由来する社会生括上の信念等に基づく真摯な動機によるもの」であるとし、不起立行為等を理由として懲戒処分を科すことは、社会観念上着しく妥当を欠き不適法であると判示したものである。また、日本弁護士連合会も、2007年(平成19年)2月16日付F公立の学校現場における「日の丸」・「君が代」の強制問題に関する意見書』において、教職員の思想及び良心の自由、子どもの学習権等の保障の観点から、各都道府県及び各市区町村教育委員会に対し、「入学式、卒業式等の学校行事において、教職員に対し、国旗に向かって起立しなかったり、国歌を斉唱しなかったり、国歌斉唱の際にピアノ伴奏をしなかったりしたことを理由として、いかなる不利益処分も行わないこと」等の意見を述べている。

 さらに、地方公共団体の制定する条例によって教員に対して起立を強制するという手法自体、条例制定権を「法律の範囲内」に限定する憲法94条に抵触するおそれがある。また、教育に対する「不当な支配」の排除を定めた教育基本法16条1項に抵触するおそれが強く、教育の政治的中立と教育行政の安定を確保するという教育委員会制度の趣旨を損なうおそれがある。教職員の一挙手一投足にかかわることを、現場の個別的判断セはなく、条例で一律に強制することは、学校職場に無用の混乱を引き起こすことになりかねない。地方公共団体が独自の条例により、国家機関とは別個に、君が代斉唱時における教員の起立を強制する必要性が存在するとは考えられず、あえてかかる条例を制定することは、教育に対する過度な統制になりかねない。

 また、入学式などで教員の起立強制がなされると、出席している子どもは、事実上起立を強制されたり、起立するよう心理的な圧迫を受けることとなる。これは、子どもの思想及び良心の形成に配慮し、一方的な理論や観念を教え込むことのないよう配慮して、多様な思想や考えを学習する環境を保障すべきであるとする学校教育の理念に抵触するおそれがある。

 当会は、思想及び良心の自由の重要性に鑑み、今回大阪府議会に提出された上記条例案は達意・違法の疑りが強いこと、条例による義務付けという手法自体問題が大きいことから、上記条例案の制定に反対する。今後上記条例案に閲し、大阪府議会において府民の人権に配慮した冷静な議論がなされるよう、強く望むものである。

                       2011年(平成23年)5月24日
                             大阪弁護士会
                       会 長  中 本 和 洋