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 | 「あだち充『ラフ』大人買いしました」 |
 | 「全12冊なので大人買いというほどの散財でもないですね」 |
 | 「12冊くらいだと気軽に手が出せますね。漫画作品は、できれば長くても20冊くらいにしてもらえると手を出しやすいですね。あんまり長いと揃えるのは気後れしちゃいますからね」 |
 | 「勝手な読者の言い分です」 |
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 | 「で、とりあえずどうでしたか」 |
 | 「いやーもう、名作ですね。面白かったです。ついついもう一冊、もう一冊ってなっちゃうので、三日くらいで全冊揃えました。電子だと思い立ったら即買えるのでいいですね。いいんでしょうか。いいんでしょう。そのくらいのお金はありますから」 |
 | 「ラブコメですね」 |
 | 「ラブコメですね。安定してますね。あだち充って、ちゃんとまとまって読んだのは初めてで、『H2』と『KATSU!』をちょっと読んだことあるくらいなので、適当なことしか言えないんですけど、いつも通りの、安定した面白さだと思いました。恋人未満の距離感でしょうか。いつも通り、なんですかね。クリエイティブには、褒め言葉ではないような気もしますが。まあ、面白ければいいのです」 |
 | 「初出を見れば昭和62年となってますね」 |
 | 「三十年以上前ですか。すごいですね、といいたいところですが、こういうのは時代は関係ないんでしょうね。もう才能としか言いようがないですよ。努力してないという意味ではなく、個性という意味でね。あだち充が現代に生まれていれば現代にこの漫画が現れたのだろうし、あだち充が当時にいなければこの漫画が当時に現れることはなかっただろうし、いや、当たり前の話ですけどね。そうではなくて、この作者にしか出し得ないものがある、という意味です」 |
 | 「絶賛ですね」 |
 | 「クリエイターにとって、この人にしかできないって、もうほんと、最大の賛辞ですね。しかも時代が関係ないという。言い過ぎかもしれないけど、どうなんでしょうね。個人的に、そのくらいのことをいいたいくらいのものはあります」 |
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 | 「具体的にはどの辺がすごいんですか」 |
 | 「いや、すごさを語ったりはできないですよ。どこがいいなあってことなら、そりゃもう空気観でしょうね。青春の甘酸っぱさというか、甘酸っぱいは違うかな、何者かになれそうなそうでもないような、そういう青年時代の感じが作品を通して漂っています。たぶんこれは、これから青春を迎える人でも、現在真っただ中にある人でも、既にそういう時代を通り抜けた後の人でも、共通して体験する空気観でしょう。たぶんフィクションに触れるということは、往々にして登場人物たちの経験を疑似体験するということなのだと思いますけど、『ラフ』の主人公たちの経験は、なんかいいなあと思わせられる体験だということですね。フワフワしたことしか言えませんが、楽しむ、なんてこれで十分でしょう」 |
 | 「登場人物たち、なんですね」 |
 | 「なんかねえ、これは『ラフ』特有だと思うんだけど、主人公二人にフォーカスしすぎていないと思うんですよね。メインの友人たちや、ライバルたちにも、程々の距離感でフォーカスしている。というか、フォーカスしていない。主人公二人も含めて、俯瞰しているように思うんだけど、どうでしょうか。真面目に検証する人だと、人物のアップのコマがないだとか、人物の視点がどうだとか、いちいち考察して指摘するんでしょうけど、私はそんなことはできないので、そんな風に感じました、とだけ言っておきます」 |
 | 「読者は登場人物たちを見守る立場になる、ということでしょうか」 |
 | 「うーん、というよりも、空気観でしょうかねえ。特定の誰かに移入するのでなく、高校生活…高校である必要すらなくて、何者かになれそうなそうでもないような、そんな人生のある時代を体験してください、ということのように思います。ある特定の、つまり特殊な経験でなく、誰もが経験するありふれた、だけど一度過ぎ去ってしまえば二度と戻ることのできない、人生のとある時代を疑似体験するということです。ああ、だから主人公はああいう感じなんですね」 |
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 | 「主人公ですか?」 |
 | 「個性的といえば個性的なんですけど、むしろ無個性に感じますね。どこにでもいる平均的な人物、ではないです。平均的な人物ではないですが、誰もが憧れる魅力的な人物、ではあります。スポーツができて喧嘩も強くて明るく社交的で友情に厚くて正義感もあって優しくて異性にはモテてちょっとエッチで、いやあ、どこの超人ですか」 |
 | 「前世でどれだけの徳を積んだんでしょう」 |
 | 「とはいえ、見ていて悪い気はしないですよ。いいやつですしね。それに基本的に読者は主人公に移入するのだから、そりゃあスーパーマンになって嫌な気になる人間もそういない。全能なわけではないし、不自然に持ち上げられることもないので、鼻に突くこともない。この辺は作者の力量でしょうね」 |
 | 「でも、勝敗に執着しない面があるようですが」 |
 | 「そこが物語を通してどう成長してくか、というのが見どころでもあるのですね。いや、見事なキャラ造形だとは思いますよ。好き嫌いでいえば、好きですからね、二人とも」 |
 | 「ただ、この人ならではというところがない」 |
 | 「誰もが経験するような恋愛や成長を、この主人公たちも経験していくわけです。青春の空気観を表現したいのであれば、強烈な個性は必要ないわけです」 |
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 | 「あんまり色々言うのも疲れますね。あと一個だけ」 |
 | 「なんですか」 |
 | 「この作品、というかこの作者のすごいのは、描かないで表現する、ということだと思うんですけど、どうでしょうか。ラストシーンがわかりやすいと思うんですけど、あんな終わり方、できますか。あれだけで、並みの作品じゃない」 |
 | 「ええとそれは、最後のページのことですか」 |
 | 「あー、えーと、いいたいのはそこじゃないだけど、描かないで表現する、という意味では、そこもそうですね。最後のページに人物が一人もいないのはすごい。人物が描かれていないのに、読者には強烈なまでに主人公二人が想起されるのは、怖くなるくらいの絶妙ですね。よくラストシーンがいい漫画で挙げられる漫画で、実際私が読もうと思ったのもそういう話を聞いたからなんですけど、ほんと、最高のラストシーンですね」 |
 | 「いいたかったのはどこですか」 |
 | 「ああ、だって、スタートして終わりじゃないですか。スタートはするんだけど、一切何も描かれない。レース展開も勝敗も周りの反応も何もない。でもなんとなくわかるというか、想像しちゃうじゃないですか。あとはご想像にお任せしますって、にくいですねえ」 |
 | 「勝敗に意味のあるレースではないですから」 |
 | 「成長物語であって、重要なのは成長の過程であって結果ではないということでしょうか。あるいは、レースや恋愛にきちんと向き合うようになったという結果が重要なのであって、レースや恋愛それ自体の結果には意味がないということでしょうか。まあ、恋愛の決着は突くんですが」 |
 | 「というか恋愛面では勝負になってなかったですよねえ」 |
 | 「途中から完全にカップルでしたからねえ。ゲーム的に言えば好感度マックスまで行ってましたからね。あそこから、でも実はお兄ちゃんのほうが好きですと言われても、不自然でしかない。異性として意識してなかったんだし、異性として意識する前に好きな男性ができてしまったんだから、今更好きになるのも変なんですよね」 |
 | 「知らない一面を見てドキッとするとか」 |
 | 「そういうイベントでもあれば……いや、流石にその前に主人公に対しての好感度が高すぎますね。今更他の男に目が移るか、というレベルでイチャイチャしてましたから。あれだけイチャイチャして、でも他の男性にも目が行きますってなると、気が多くて読者から嫌われるヒロインになっちゃいますよ」 |
 | 「恋愛面ではっきり答えを出したヒロインでしたね」 |
 | 「フラフラしなかったですね。レースの勝敗が恋愛の結果になんの影響も与えないっていうのは、すごくいいですね。勝ったから好きっていうのも変ですからね。こういうと、負けたから好きって展開があったじゃないかって思うんですけど、まあ色々違いますから。あのカップルも、結着したら完全にフェードアウトするのも、無駄がない感じがしていいですね。ヒロインに話を戻すと、一度はっきりしない返事をするんだけど、あれは状況的に無理ですよね。どっちともいえるわけがない。まあだから、実際のところちゃんと復活した仲西さんが偉いんですよ。復活しなかったら、それでもヒロインは主人公を選んだかもしれないけど、わだかまりが残ってしまいますからね」 |
 | 「ちゃんと選ばせるために復活するってのは、かっこいいですねえ」 |
 | 「仲西さんについてはちょっと言いたいというか、ヒロインのことがどれくらい好きだったんだろうって思うんですけど、もういいか。しっかりしている人なだけに、年下の、自分のことを異性として見ていない幼馴染に好意を持っているって、ちょっと違和感があるんですけどね。変な人というか、ちょっと気持ち悪い人ですね。実際ちょっと気持ち悪い人なのかもしれないですね。かっこいいし、しっかりした大人なんですけどね」 |
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 | 「じゃあ最後に一言」 |
 | 「いやあ、最高の漫画でした。この漫画と作者様に最大の敬意を表し、こんな最高の漫画を気軽に味わうことのできるこの環境に感謝を表します」 |
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