三人で約束したバンドの初練習日の金曜日がやってきた。
俺は 瞳が先に行って待っている道子の家まで案内してもらう為に
道子と学校の帰り近くのコンビニで待ち合わせした。
道子は気のせいか、そわそわしている。
見上げた空が茜色に染まっていた。
道子の母の音楽教室に、たどり着くには、車一台分くらいの気持ちよくなる、庭が視界に入る
彩りが、まだそんなに鮮やかではないけれど
咲きかけの淡いVioletColorのコスモスが
秋風に吹かれて、揺れていた
道子が気のせいか少し心配そうな顔で?? 大きな戸口を指差した。
その扉は木製の重厚なのもので、把手は洋風の味わいのある曲線で形づくられて、くすんだ金色していた。
この扉を開ける時 俺の満たされぬ人生が少しだけ変る気がしたが
それは その予感を 遥か に超えて不思議な物語の始まりだった。
ここは束縛から逃避できる、無敵の隠れ家なのか?
淡い期待と戦って得たものなどまだ何も無いに等しい男の見えない未来が、緊張を誘う。
初めて、自分の意思で一人旅を決めた少年ように、 秘密の扉 をそっと開けた。
広い部屋の中央には大きく黒く鏡のごとく光を反射する良く手入れされた年代物のグランドピアノが遠慮なく居座っている。
左脇に電子オルガンが、中央よりの右奥にはバンド練習には都合のいいシンセドラムセットが置かれその後ろには音源増幅用アンプが2台並んでいた。
きっとこれは電子オルガンのリズム感を養う為に置かれている設備ではないかと思う。
伝統と最新が入り混じったこの音楽教室その微妙なバランスを保っている気がした。
この部屋には 窓がとても少ない 唯一窓とよべるものは扉と反対側の壁側の斜に傾斜して張り付いている天井窓だ。
幅1メートル高さが50センチくらいのホッカリと開た窓から見える景色は、まるでプラネタリウムでも見ているかのような 夜空に浮かぶ星達だけだった。
見回した目線の先のグランドピアノの蓋に隠れて見えなかった瞳が
俺達に気がついて
「ハーイ」
手を振ってピアノの椅子から立ち上がろうとした。
その時、慌てたのか?
おそらく学生服のスカートの上に乗せて読んでいたであろう本が、膝から床に転げ落ちてしまつた。
それを拾おうとした瞳は バランスを失って膝から転んでしまった。
俺は 反射的に抱き起こそうと瞳の体を持ち上げた。
瞳は はずんだ息と肩越しの髪の清潔なシャンプーの甘い匂を発散させながら恥ずかしそうに前髪で目元が隠しが真っ赤になった頬はさらけでてしまった。
照れたその顔が、あどけなく初々しい。
床に散在した、その本を拾ってあげると、それは学校の教科書だった。
「すげー 友達の家で勉強するのか?」
「うーん 明日までの宿題ー」
「やっぱり 優等生はやる事がちがうね」
「そうかなー 私 頭そんなに良くないから習ったら、すぐやらないと皆忘れちゃうんだ。」
良く見ると拾った本は2冊で、もう一冊は「ロックギターの基礎」なる教則本だった。
「何この本 へぇー 瞳 やるじゃん 」
「へへぇー 毎日練習しているんだから」
瞳は 壁に立て掛けあるギターを 指差した。
「わーお 一曲聞かせて」
「ちょっとー 二人とも勝手にイチャツクのは止めて三人で練習しに来たんでしょ?」
道子が 二人の間に入り込んで手で、その距離を離した。
二人は隣にいる道子を「しかとする」くらい、いつの間にかお互いのことだけを意識する関係になってしまのか。
(道子)
「やっと三人そろったね」
(瞳)
「道子のこの音楽教室に来たのも ほんとに久しぶり
私が 道子より武と逢うことが多いなんて 嘘みたいね」
(武)
「じゃー瞳 練習してきた曲聞かせて」
「うん じゃ ちっと緊張するけど
YUIの
『 Last Train 』
歌いまぁーーす。」
とギターのボリュームを下げて生ギターのような感じで、歌い始めた。
バギレのいい カッティング弾きだす瞳
俺が YUIの持ち歌の中では初めて聞く曲だ。
曲の間奏にアンプ内臓のフランジャーを入れ
瞳は いつまでも耳元に残って離れないメロディーを
口ずさむように メロディーリードをとる。
薄桃色のマニキュアが塗られた指先が
感情持った独立した生き物のように
滑らかに動く
さびの歌声が 切なくなるほど胸に響く
歌の中に どんどん引き込まれていくと
脳裏に 恋する少女と逢えなくなった名も知らぬ青年 が浮かび上がった。
俺は 衝撃を受けたが
それは ギターがあっという間に上達したことにでなく
『瞳には 恋人が いた 』
という自分の直感と戸惑いにだった。
歌い終わると瞳は 泣いていた。