一ッ葉入り江
一ッ葉入り江
一ッ葉の松:「孤葉」
宮崎市の海の玄関口である宮崎港の周辺には、一ッ葉入り江、一ッ葉海岸、一ッ葉有料道路、一ッ葉橋など、 一ッ葉稲荷神社に関係した名称が数多く見つかる。
「一ッ葉」の名前は稲荷神社の周辺に生える松の葉が通常の2葉ではなく1葉であったことに由来するといわれている。確かに一ッ葉稲荷神社で松の葉をよく見てみると1葉の松葉がある。しかし、いつも枝の先端でしか見つからないところから、どうも一部の葉だけが1葉になるようだ。
一ッ葉神社の1葉の松葉
(クロマツの変種と考えられている)
青島で見つけたの3葉の松葉
(クロマツではなく、外国原産の松と思われる)
一ッ葉入り江の歴史に関係した参考文献(順不同)
みやざき歴史文化館, 平成16年(2004)1月31日ー3月7日,平成15年度企画展「赤江の歴史と文化財」展示会パンフレット.
「大淀川の歴史」編集委員会,1988:「大淀川の歴史」川とくらし、今・むかし.建設省九州地方建設局宮崎工事事務所,宮崎.
檍地区郷土史編纂委員会編,1990:「檍郷土史」.檍振興会,宮崎.
田代学,1996,地図からみた宮崎市街成立史.江跡庵,宮崎.
甲斐亮典・杉尾良也監修,2001:「目で見る宮崎・日南・串間の100年」.郷土出版,名古屋.
宮崎平野から北に広がる平地には、加江田川、大淀川、一ツ瀬川など大きな川がゆっくり流れ、広い河口域が形成されている。一ッ葉入り江はかつては宮崎港全体を含んだ長さ3kmほどの大きな入り江であった。これに似た形は、
入り江の形
1947年ころの一ッ葉入り江
(敗戦直後)
1988年ころの一ッ葉入り江
(航路開削直後)
今も一ツ瀬川に富田浜入り江として残っており、かつては加江田川河口にもあった。これら宮崎の大河川は淡水と海水が入り交じった広い汽水域をもち、アマモ類やアオノリ類を育み、アカメなど独特の魚介類を支えてきた。今では高知県の四万十川がほぼ唯一の産地となっているアオノリもかつては一ツ瀬川での生産が高かった。人為的な河川環境の改変が現況を作り上げたのはまちがいない。人間の都合で失われてしまう生物多様性は、入り江の形と同じで2度と元に戻ることはない。
そのような社会状況を背景に昭和40年代と昭和50年代に宮崎大学農学部では卒業研究で、大淀川河口から一ッ葉入り江にいたる汽水域の無機環境と生物相などを調べている。当時、入り江は閉鎖的で淡水流入の影響が強く、今はいないヤマトシジミやイシマキガイが記録されている。
昭和60年代、新航路開拓のために入り江の開削が行われた。開口部に大淀川があり、新別府川から淡水が流入し、淡水ー汽水の広い水域を形成していた一ッ葉入り江は、一気に海水が卓越した環境に激変した。タケノコカワニナやヒメカノコなどの現在の日本の汽水域を代表する絶滅危惧種が一気に絶滅に向かったはずである。これらの死殻はいまでも入り江で見つけることができる。ヤマトシジミもある程度は海水の流入にも耐えるが、開削後20年以上経た現在の入り江では死殻以外みることはない。
しかし、かつて入り江では細々と生活していたであろう生き物が、 現在の入り江にはたくさん見られる。開削で規模の小さくなった入り江は、日向灘の強い波から守られ、細砂が卓越した海底をもち、淡水の影響も少ない特殊な環境を成立させた。そのため、日本国内の至る所で絶滅したり、生息密度が低い生物が、捕食者や人間の驚異から守られ、きわめて希な湿地を形成した。日本本土でほぼ壊滅状態のムラサキガイとカニノテムシロが現在の一ッ葉入り江では普通に見られる。一ッ葉入り江のハシボソガラスは絶滅危惧種のムラサキガイを頻繁に捕食する。空中で探索し、くちばしで貝を掘りだし、空中から貝を落とし割る様子など独特の習性を発達させた一ッ葉入り江のハシボソガラスは、幸島の芋洗いサルを思い起こさせる。
このサイトではこのような一ッ葉入り江の自然環境をすこしずつ明らかにしていくつもりである。一ッ葉入り江に注目して5年がすぎたにも関わらず、まだまだ、地誌・歴史や風土あるいは過去の状況などが判然としないところも少なくない。
(お願い)一ッ葉入り江の環境や過去の周辺情報に関する情報を広く求めますので、協力いただける方は連絡いただければ、幸いです。
入り江の環境変化
昭和初期、一ッ葉入り江には料亭や旅館が8軒もならび、魚介類の料理を提供していた。昭和30年代、宮崎新港が整備され、40年代には新別府川流域の住宅開発や河口近くのシラス工場廃液などの影響で、 ボラやウナギの漁業が衰退し、シジミも減少した。
一ッ葉入り江のいきもの
1.甲殻類(2009年3月現在62種) → 甲殻類のリストと写真
ヨコエビ類など小型の甲殻類を目的にした採集調査はまだ実現できていないこともあり、今後種数は増大するはずである。これまで主に目合い2mm程度の手網あるいは1mmの篩いを用いて非定量的に採集した結果、カニ類を中心に46種が記録された。
出現する甲殻類の中でWWFJのリストに出てくる絶滅危惧種はトリウミアカイソモドキ(危険)、シオマネキ(危険)、ハクセンシオマネキ(危険)、クシテガニ(希少)である。チゴイワガニはリストにでていないが、知見が少なく、奄美大島などに出現し、自然環境がよく残された場所に限られる。宮崎県内でも複数の場所に生息が確認されており、今後も研究が必要である。フタハピンノは現在分類を精査している。ホストとなるイソシジミ・オチバガイが豊富なため、フタハピンノも多数採集できるが、本種はWWFJで「絶滅寸前」と評価されている。
反面、通常の砂質干潟ではきわめて数多く見つかるマメコブシガニが一ッ葉入り江ではかなり希である。入り江外側に形成される幅100mほどの前浜干潟にも出現するが、密度がきわめて低い。貝類ではウミニナ類が一切記録されていないこととあわせて、一ッ葉入り江の特徴となっている。
2007年2月16日、巻き貝類の定期調査を行った際に、4年の梅本君が甲幅5mmほどの泥まみれのカニを握って得意気であった.アリアケモドキの小さな雄であった。その後、海藻の採集のついでに泥を研究室に持ち帰ったところ、アリアケモドキ3個体、ムツハアリアケガニ1個体が含まれていることがわかった。宮崎県内をさんざん探し回った種であったが、足下に生息していることに驚かされた。ハシリイワガニモドキは2006年11月に鳥の観察にいった時に岩の下に逃げ隠れた個体を見て、後日あらためて採集・確認し、入り江のファウナに追加した。
2.貝類 → 貝類のリストと写真
貝類も甲殻類と同様に現在も追加調査を行っており、これまで51種が記録されている。
出現する貝類の中でWWFJのリストに出てくる絶滅危惧種が15種含まれる。その中でも「日本本土で絶滅あるいは絶滅寸前」と評価されている、 カニノテムシロ、 ヒロクチカノコ、ムラサキガイ3種が生息していることは、特筆に値する。カスリウズラタマキビは発見当初沖縄などのマングロローブ林に生息するイロタマキビと混同していたが、南西諸島以北では初めての記録となった。
入り江には今でもタケノコカワニナの死殻がユビナガホンヤドカリなどに利用されて、大量に蓄積されている。一ッ葉入り江の歴史の中には、きっと今では国内で失われた豊穣な干潟あるいは神話の里宮崎らしい「芦原の中津国」があったに違いない。伊弉諾尊(イザナギノミコト)が黄泉の国から逃げ帰って禊ぎを行ったという池は、一ッ葉入り江の北に数キロのところにある。残念ながら、今はミシシッピーアカミミガメに占拠され、とても禊ぎなどできそうにない。

2006年9月22日、ホウシュノタマ(右)が初めて一ッ葉入り江で採集された。やはり一ッ葉から目を離せない。キアシシギの鳴き声がちょっぴり秋を感じさせる。
カワアイやヘナタリの稚貝を確認するため入り江の底泥など2006年2月21日に採取したが、ソーティングしているときに微少な貝の生息が新たに確認された。サザナミツボやウミゴマツボ(エドガワミズゴマツボ)など絶滅危惧種の追加により、一ッ葉入り江の貝類は47種となった。たかだか10haの入り江にしては驚くほど多くの貝が生息していることになりそうだ。
3.鳥類 → 鳥のリストと写真
鳥類は入り江の調査を開始した初期から3年間通い続けた 森和也 君の研究成果がバックボーンとなっている。現在は、散発的に撮影記録しているだけであるが、コアジサシなど営巣する鳥類あるいは定住している鳥類に関しては今後も観察を行う予定である。今後それほど種数が増えないと思うが、飛来した鳥類は58種に及ぶ。その中で、干潟を採餌、休息、営巣など積極的に利用していると考えられる種が47種であった。下の表からは、一時的な飛来者であるカワラヒワやスズメなどの11種を省いた。
出現種には環境省のRDBに掲載される鳥類5種が確認された。しかし、コアジサシを除くといずれも出現個体数が少ない。水性鳥類の飛来地として宮崎県内で最も広い湿地を含む一ツ瀬川河口域などへ飛翔する途上の個体かもしれない。いずれにしろ、底生生物の豊富な一ッ葉入り江は、シギ・チドリ類の採餌場・休息場として最適の環境を持っていることが、鳥類の糞とペリットの分析によってもあきらかになった。干潟生態系の頂点に立つ鳥類に関しては今後物質循環などの側面からの研究も必要であると考えている。
2007年2月何度か入り江で貝やカニ、海藻の採集をおこなったが、これまで入り江では記録されていないツグミが3羽、干潟の干出地で採餌しているのが観察できた。今年は鳥インフルエンザが発生したため、野鳥の調査が大々的におこなわれているが、入り江の鳥たちはマガモ、カルガモ、ヒドリガモ、ダイサギ、コサギなど常連ばかりであり、入り江ファウナへのツグミの追加は小さなニュースである。同時にカモ類がいる時期には海藻類がきわめて少なくなることもわかった。カモ類が北へ渡ってしまう4月以後から暑さで枯れてしまう5月ぐらいまでとカモが渡ってくる以前の秋が海藻を調べる好機なのかもしれない。
冬は一ツ瀬川周辺まで鳥の観察に出向いたりする。2007年2月は二つ立の湿地ではオナガガモ、コガモ、ハシビロガモ、キンクロハジロ、マガモ、カルガモのカモ類とたくさんのアオサギおよびセイタカシギ1羽が見られた。また、一ツ瀬の中洲にはクロツラヘラサギ7羽、ツクシガモ4羽を確認することができた。一ツ瀬川の水面にたくさん浮かんでいたヒドリガモの脇にはヨシガモの雄が確認された。
2007年5月12日、シギやチドリでにぎやかになった一ッ葉入り江に、珍しいカラシラサギが飛来し、また一ッ葉入り江での鳥類の記録が更新された。この日、入り江にはハマシギが100羽以上、コアジサシが100羽以上、キアシシギ20羽ほどが飛来しており、一ツ瀬川よりもずいぶんにぎやかで密度が高く感じられた。他には、ソリハシシギ、アオアシシギが餌をとっており、ダイサギ、ササゴイなど、狭い入り江が鳥だらけであった。今年は暑い日が続いており、ムラサキガイなど底生生物へ悪い影響が出なければ良いが、スジアオノリなどの海藻類が腐り始めるようだと要注意である。それでもカラシラサギは入り江内の小魚の群れを必死で追いかけ、とても活発であった。餌になる魚は不明であるが、サギの周辺に一瞬白波が立ち上がり、水面に銀色が飛び、実に美しい。
4.魚類 → 魚のリストと写真
魚類は宮崎大学では古くから研究者がいて、大淀川の魚類もよく知られていると思っていたので、研究室では研究の対象から外していたが、古い研究はきめが粗く、河口域の微妙な環境の調査も十分ではないことがわかった。そこで一ッ葉入り江で確認された魚類を少しずつリストしていこうと考えている。
5.海藻 → 海藻のリストと写真
宮崎にはヤタベグサという世界中で青島の周辺にしか生息していない海藻などもしられているが、県内では植物を専門とする人にも知られず、宮崎県版のRDBにすら載っていない。県内では水産試験場により、減少しているクロメなどの藻場造成が行われている。岩礁域とは異なり、一ッ葉入り江にはそれほどたくさんの海藻がでてくるわけではない。かつての一ッ葉入り江にはコアマモなどの海草が繁茂し、アカメが生息していたと思われるが、現在はそのような淡水の影響がなくなり、様相は一変したと考えられる。
<原著論文はこちらを参照ください>
三浦知之・大園隆仁・村川知嘉子・矢野香織・森和也・高木正博
宮崎港一つ葉入り江に出現する底生生物と鳥類 宮崎大学農学部研究報告 51: 17-33 2005
三浦知之・森和也 宮崎港一つ葉入り江における鳥類の飛来記録と採餌の状況およびコアジサシの営巣について
宮崎大学農学部研究報告 54: 47-63 2008
鈴木廣志・矢野香織・大園隆仁・三浦要・三浦知之
宮崎市一つ葉入り江のヒメシオマネキ個体群の発見 Cancer 12: 7-9 2003
一ッ葉入り江に出現する生物を完全に把握するまでにはまだ多少時間が必要である。とりあえず、主要な無脊椎動物である甲殻類と貝類および鳥類のリストを作成した。他に、これまで底生生物の調査と同時に採集された魚類と海藻もリストを掲載した。今後とも種数は増えそうである。このサイトでは順次更新していく予定である。
一ッ葉の松
入り江の形
入り江の環境変化