- 特別なノエル -

 

 

ブーツを履いて街に出た僕

 

街並みはもう どこもかしこもすっかり冬の装い

数日前から降っていた雪

歩道にも積もっていて少し危ういな

 

三週間前は 新しい年の到来に沸き立っていた街

今ではもういつもの“普段どおり”を取り戻してる

そんな“普段どおり”の街に 僕は“特別”を求めに来た

そう・・・僕はここへある“探し物”をしに来た

 

僕には つき合って2年半になる彼女がいる

香緒里・・・そして僕

僕らはまあ それなりに上手くやってきたと思う

そんな僕らは去年の秋 ちょっとしたケンカをした

 

原因はたぶん 些細なことだったように思う

勿論それまでにもケンカなんて何度もしていたんだ

けれどもそれ以来

僕らはしっくりいかなくなってしまった

 

2人逢っているだけで 何となく幸せだったそれまでの週末

僕にとって次第にそれは 待ちわびるものではなくなった

2人逢っていても どこか遠く感じて

沈黙は時に 苦痛にさえ思われることがあった

 

去年のクリスマス

僕らは“ひとりとひとり”だった

12月の初め

彼女が掛けてきた電話で二人逢うことになった

 

「ねえ・・・今年のイブは・・・どうする?」

彼女の問いに 僕はすぐに答えが出てこなかった

「ごめん、イブは逢えないよ。仕事なんだ・・・」

やっと出た言葉 僕は初めて彼女に嘘をついた

香緒里は怒る風でもなく

それでいて どこか気まずさを隠せない様子で

その顔は切なげで 瞳はとてもとても悲しげに見えた

けど あの時の僕には

その瞳の輝きを取り戻す術は・・・見つけられなかった

 

僕らが・・・

僕と香緒里がそんな風でも年は明ける

新しい年の到来に 賑わい活気づくこの街の風景

けれども 僕はといえば

世界中の不幸をすべて背負い込んでいる気分だった

仲間たちが集まった新年会にも

結局 香緒里は姿を見せなかった

 

僕らはまたしても “ひとりとひとり”だった

その夜

僕は携帯電話を冷蔵庫に閉じこめた

 

香緒里に逢いたい・・・

けど 彼女に逢いに行ったとしても

僕には何を話せば良いかわからなかった

翌朝 洗面台の鏡の向こうに

虚ろな目をした情けない僕の姿が映ってた

 

“香緒里に逢いたい”

そんな言葉をムネの中で繰り返すだけの日々

もしかすると僕は

そんな情けない自分に酔うことで

現実から逃げていたのかも知れない

 

そうして 僕が最低でいる内に

2週間が過ぎ去ろうとしていた

1月15日 成人の日

僕は気分を変えたくて 外へ出ることにした

 

エレベーターで1階に降り立った僕は

ハッと、歩を止めた

僕の住んでいるマンションのエントランスに

香緒里が立っていた

 

「香緒里・・・」

「・・・どうして?」

「え・・・?」

「何で電話に出てくんないの?」

「あっ・・・ゴメン・・・」

「いくらケータイに掛けても、留守電ばっかじゃない」

「・・・・・・ごめん」

「ゴメンじゃわかんないよ! もうずっとこんな事ばっかり・・」

「香緒里・・・」

「クリスマスも大晦日も・・お正月だって、ずっとひとりぼっち。

こんなのもうイヤ・・こんなのもうたくさん!!!」

「・・・・・・」

僕には 彼女に掛ける言葉が思い浮かばなかった

「あたしたちって、もうダメなの?もう終わりなの?」

「そんなこと・・・言うなよ」

「だって、逢いたく無いみたいじゃない。電話だって出てくれないし」

「・・・そんなわけ無いだろ」

「あたしは逢いたかった。逢いたくて逢いたくてたまらなかったよ!

いつもいつも あなたに逢いたくて・・・」

一瞬 香緒里の声が途切れた

 

「逢いたくて逢いたくて 寂しかったんだからっ!」

香緒里の声は いつの間にか微かに涙声になっていた

「去年のクリスマス・・・楽しみにしてたのに・・・」

「だから・・・あの日は・・・」

「仕事じゃなかったの・・・知ってるよ」

「ごめん、嘘・・・ついた」

「特別なクリスマスにするって約束したのに・・・」

「えっ・・?」

「憶えてないんだね・・・一昨年のクリスマスに言ったこと」

「あっ・・・」

「次のクリスマスは 二人にとって特別なクリスマスにしようって」

「ゴメン、俺 忘れて・・・約束破っちまった」

「やっぱり もう、ダメなのかな・・・あたしたちって」

「だから・・・そんなこと無いよ」

「だって約束したんだよ。特別な、特別なクリスマスにするって!」

「悪かったっていってるだろ!大体なんだよ、特別な特別なって!」

「ひどい、全然わかってない・・大事なことなのに・・」”

「わかんねえよ、どういう意味だよ?」

「もういい!!!」

 

香緒里は 僕の前から走り去ってしまった

走り去る彼女の頬には涙が光っていた

それ以来 僕の携帯電話が鳴ることはなかった

 

あの後 僕は

彼女が言っていた “特別”の意味をずっと考えていた

そこに 僕らの…僕と香緒里のこれからがある気がして

 

そして 僕は今 街に出ている

実は昨日の夜 彼女に電話をしたんだ

“僕らのクリスマスをやり直したい”

 

今ならわかる気がする 僕らが上手く行かなくなった理由が

 

僕らは そう…僕も香緒里も

二人でいることに慣れすぎてしまっていたんだ

だから 二人が一緒にいられることの意味を

それがどんなに“特別”で幸せなことなのかを

いつしか忘れてしまったんだと思う

 

だから今日 僕らはここからやり直すんだ

1月24日 今日が僕らのクリスマス

華やかなツリーも赤と緑のデコレーションも無いし

クワイアたちの歌う賛美歌も聞こえない

ひと月遅れのクリスマスだけれど

 

僕らは ここからやり直す

僕と香緒里が お互いのことを特別だと思う気持ちさえあれば

それだけで十分なんだ

 

今日は 僕と香緒里の“特別なクリスマス”

 

 

あとがき

いかがでしたでしょうか。

新春一発目を飾るには、すこし頼りない主人公でしたね。

手に入れてしまった幸せって、慣れてしまうと当たり前

になってしまうんですよね。それって結構恐いことです。

たまには自分の回りにある“特別なもの”を探して見つ

めなおしてみるのも良いかも知れません。

意外に、幸せな気分に慣れるかも?

何はともあれ、なんとか書き終えてほっとしています。

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1998 Masato HIGA.

 

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