その日、彼女は部屋に花を飾った。 |
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彼女にとってそれは、これから予定されているイベントへの祝福だった。 |
日曜日の朝、床に置かれた丸く大きな時計はまだ十時を過ぎたところ。 |
いつもの休日より少し早めに目を覚ました彼女は、ベッドから起きるとゆ |
っくりバスルームへ向かった。 |
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なんだか妙に火照った肌を鎮めるように、爪の先までくまなく冷ための |
シャワーを当てる。そしてその中で、さっき見た夢のことを想っていた。 |
そこには一対のとても暖かな眼差しと、瑞々しさの際立つ色鮮やかな花が |
置かれていた。夢の続きをイメージしたとき、彼女は無意識にシャワーを |
止めてバスルームを出ようとしていた。 |
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タオルドライした髪を、サッとうなじの辺りで束ねる。素肌についた雫 |
を拭い下着を着け終えた彼女は、ドレッサーの鏡に自分の姿を映してみる。 |
なぜか、夢の中の視線を意識して少し照れた。 |
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「ばあか」 |
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鏡の中の自分を笑ってみる。すると、そこには鏡の外の彼女にアカンベ |
しているもう一人の彼女の姿があった。 |
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ドレッサーの脇にあるチェストは、上の部分がたくさんの小抽き出しに |
なっている。彼女は下から二段目を開けて、青いストライプのシャツを取 |
り出した。このシャツに袖を通す度に彼女は、彼の言葉を想い出す。 |
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“へえ、そのシャツいいね。うん、すげえ似合うじゃん” |
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いつもは冗談ばかりしか言わない彼が、珍しく褒めてくれたものだ。今 |
想い出してみても、その日のままの嬉しさが込み上げてくる。 |
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手早くボタンを留め、ベランダへ行って昨晩洗ったジーンズを取り外し |
てくる。洗いざらしのジーンズはちょっとゴワついているが、その履き心 |
地は清々しさがあってとても気持ち良かった。 |
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インディゴ・ブルーのデッキシューズを履いて表に出る。彼女は、カゴ |
のついた黒い自転車にまたがると商店街のほうへペダルをこぎ出した。商 |
店街の花屋では、店先でヒゲをはやしたおじさんが花に水をやっていた。 |
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「やあ、おはよう。どんな花を差し上げましょう」 |
「今日ね、彼がくるの」 |
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花屋の主人はとても親切な人だった。彼女をニコニコしながら店の中へ |
招きいれ、開店の準備をしながら愛らしい花たちを一つずつ紹介してくれ |
た。そんな店の主人の人柄についつい話し込んでしまった末、彼女は両手 |
いっぱいに色とりどりの花を買うことにした。 |
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彼女は家に戻って花たちを花瓶に移した。部屋の空気が少しずつ夢の中 |
のそれに近づいてくるのが分かる。 |
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その日、彼女は部屋に花を飾った。 |
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もうすぐ彼がやってくる。 |
−あとがき−
(4年経っての回想)
これを書いたのは、もうずいぶんと前になる。
この頃、俺はある女の子が好きでした。
その子のことが好きで、好きでたまらない。
そんな気持ちが、この作品を書かせた。
自画自賛だけど、自分にしては傑作です。
これまで、また今でも、そう思っています。
以来、「flowers」は俺の目標であり、
同時に俺にとってプレッシャーにもなりました。
これを越える作品を書くこと、
読んだ人にチカラを与えられるような作品を。
そう思って、これからも続けて行こうと考えています。
(2001.10.26 追記)
1997 Masato HIGA.