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−拝啓、渡部光夏様−

 

真新しい便せんを前にそう書き出そうとして、まさとは手を止めた。

 

「なんだか、堅苦しい感じだな・・・」

 

少し間を置いて、白い便せんの1行目にはこう書かれた。

 

−大好きな光夏へ。−

 

「そういえば、光夏に手紙を書くのもずいぶんと久しぶりだよな」

 

濃いめに淹れたエスプレッソに口を付けたまさとの頭に浮かんだのは、去年の暮れ

に豊橋駅前のエクセルシオールで手紙を書いている、自分の姿だった。

 

17LIVEの配信ではなく、外の世界で実際に光夏と対面したのはそれが初めて。

対面といっても、ミュージカルの公演中の一幕、ほんの数秒の出来事ではあった。

 

それでも、充分にドキドキして本当に心から嬉しかったのを、今でも鮮やかに憶え

ている。

 

内容は子供向けのミュージカルではあったけれど、元気いっぱいにはじけるような

笑顔で踊っている光夏の姿がとても印象的で、まさとの心に残っていた。

 

「光夏って、本当に歌って踊ることが大好きなんだなぁ・・・」

 

公演のパンフレットをパラパラとめくりながら、思わずそんな言葉がこぼれてくる。

 

光夏とは17LIVEで知り合って、1年半ほどになる。

出会った当初から、さっぱりとして気持ちのいい性格と乗りの良さ、古参も初見も

問わず区別せずに特別扱いもしないところが支持されて、たくさんのリスナーの心

をつかんできた。

今では、立派なトップライバーと呼べる存在になったとまさとは思っている。

 

「でもきっと、光夏本人は『まだまだ』だって言うんだろうな」

 

光夏が言っているところを思い浮かべながら、まさとはクスッと笑ってしまう。

謙虚が過ぎるのか、目標が高いのか。そんなところもみんなに好かれるのだろう。

実際、まさとも光夏のそういうところが大好きなのだから。

 

「そういえば・・・・」

 

まさとは、春先の出来事を思い出しながら呟く。

職場の異動で、新しくできた工場へと転勤したのは、3月のことだった。

往復4時間の通勤や新規作業の立ち上げ、同僚や派遣社員のサポートで忙しくなる。

フィジカルでもメンタルでも余裕がなくなるのは目に見えていたから、まさ

とは17LIVEのリスナー活動をしばらく控えることに決めた。

 

17LIVE、特に光夏の配信はすごく気に入っていて、みんなに会えなくなるのは、

ましてや光夏の笑顔が観られなくなるのは、本当にツラい決断だった。

 

「俺は配信に行くなら、ライバーも楽しませないとイヤだからなぁ・・」

 

17LIVEの楽しみ方はひとそれぞれ。

まさとは、他のリスナーほどたくさんのギフトは投げられないぶん、コメントでみ

んなや光夏を楽しませたり、光夏の喜ぶような言葉、光夏を元気づけたり勇気づけ

たりする言葉をコメントで書けたらいいなといつも思っている。

間違っても、ストレスで疲れてるからといって、病んだコメントなんてしたくない。

そんなことで、ライバーに心配をかけるくらいならと、考えてしまうのがまさとだ

った。

 

「でも、ライバーからしたら余計なお世話かもしれないけどねぇ」

 

思わず苦笑いをしてしまう。

とはいうものの、リスナー活動休止するとかいっておきながら・・・

ひそかに内緒のアカウントを作って、こっそり配信を観に行ってたりしたのだが。

 

「だ、だってさぁ、やっぱり光夏の様子が気になんじゃん!」

 

なんと言おうと、あきらかに言い訳である。

 

まぁ、結局のところ、いつまでも黙っていられなくて、自分からばらしてしまうのだが。

なんだか騙しているような気分になってしまうらしい。

この男は、そういう「バカ正直」なところのある、けっこう面倒くさい奴なので

ある。

 

「『光夏には、嘘をつきたくないから。』とか、言ってみたりして」

 

何を言ってるんだか、この男は。

 

ちなみに、『鵜木美秋』の種明かしをすると、(一部削除)

ひらがなにして、区切るところを変えると、まさとの本名になるらしい。

 

「ことば遊び・・・か」

 

もの憂げな表情になって、視線を落とす。

まさとには、ずっと気になっていることがあった。

それは、まさとが配信中に時々流している、「あいうえお作文」のことだ。

光夏は喜んでくれているみたいだし、リスナーでも褒めてくれる人はいる。

 

「でも、ああいうのって、他のリスナーからしたらウザかったりしないのかな」

 

面倒くさい、まさとはどこまでも面倒くさい男だ。

 

「正直、あんまり自信ないし、出来も良くないし」

 

まだ言うか、この男は。

すみません、読んでる人。広いこころで許してやって下さい。

 

「いけね、いけね、こんなことばっか言ってたら、光夏に怒られるな」

 

ネガティブになっている気持ちを切り替えようと、まさとは冷めてしまったエスプ

レッソを淹れ直しに席を立った。ふと、テーブルの上に置かれた箱が目に入る。

 

箱の中身は、ローズクォーツクリスタルの入ったガラス製のタンブラー。

以前YouTubeで、元国民的アイドルグループの芸能人が、同じグループにいた友

人から誕生日プレゼントにもらっていたのを観て、光夏にもこれをプレゼントしよ

うと決めていたものだ。

 

「光夏、気に入ってくれるといいな」

 

プレゼントを眺めていたまさとのまなざしが、やわらかくて暖かなものに変わって

いく。

それは、淹れ直したエスプレッソを口にしたせいなのか、それともプレゼントを開

けて瞳を輝かせている光夏を目に浮かべたから、だろうか。

 

「光夏の笑顔って、見ているこっちが幸せな気分になる、ステキな笑顔なんだよなぁ」

 

ちょっとニヤけた顔をしながら、まさとは改めて箱をみつめる。

「それにしても、ずいぶんと遅い誕生日プレゼントになっちゃったな」

 

光夏の誕生日は、521日だ。

そして、今はもう7月も終わろうとしている。遅いにもほどがある。

これがもし、恋人への誕生日プレゼントであれば、とっくにフラれている。

まぁ、光夏の恋人でもないし、そもそも恋人などいないまさとには、フラれる心配

もないが。

 

「ん?・・・なんか、すごいディスられてる気がする・・・気のせいかな?」

 

気のせいだよ、まさとくん。

 

「誕生日かぁ。バースデイライブ、残念だったなぁ・・・」

 

光夏の誕生日から10日後の、531日。

彼女の地元・神奈川のライブハウスにて、初のワンマンライブが開かれる予定だった。

ARIKA BIRTHDAY LIVE」と題されたライブは、中止となった。

 

光夏のファンは心の底から、このライブの開催を楽しみにしていた。

もちろん、まさとも本当に楽しみにしていたから、コロナウイルスという中止の理

由を頭では理解できていても、とても悔しかったしすごくツラかった。

 

「でも、一番ツラかったのは光夏だよな、うん」

 

中止を決断したときの光夏の気持ちを思うと、まさとはやり切れなさでいっぱいに

なる。

ただし、みんなの気持ちは、「中止」じゃなくて、「延期」。

いつか、そういつか、みんなでこのライブを成功させて、みんなでうれし泣きしたい。

 

「しばらくは、ライブどころか舞台も、なかなか難しいよな・・・」

 

舞台を観ることが好きだから、光夏の出演するミュージカルがもっともっと観たい。

ライブに行くことが好きだから、光夏がステージで歌っている姿が観たい。

 

それが、今はなにひとつ叶わないという、目の前の現実。

 

「とにかく、今は17LIVEという場所があることが、救いなんだろうな」

 

こんな今だからこそ、光夏を応援できる場所があるのは、不幸中の幸いといえた。

 

「まぁ、かといって俺はギフターにはなれないし、大したことは出来ないけど」

 

こらこら、まさとくん。またネガティブですか?

 

「でも、俺なりのスタイルで、俺なりのペースで、俺らしい応援の仕方はあるよな」

 

光夏のことが大好きだから、光夏の笑顔が見ていたいから、光夏を元気にしたいから。

理由はきっといくらでもあるだろうし、何でも良いのだと、まさとは思った。

 

「さあて、そのためにも、まずはこの手紙を書き上げよう。光夏の笑顔のために」

 

二杯目のエスプレッソをグッと喉に流し込み、まさとはまた便せんに向かった。

 

光夏のはじけるようなとびきりの笑顔を、心の中に思い浮かべながら。

 

―終わりー

 

 

えーと、こんにちは、光夏。

 

今回は、「光夏のために手紙を書いているまさと」というショートストーリーに仕立

ててみた。

 

どうだったかな?

たまにはこういうのも良いかなって、楽しんでもらえてたらうれしい。

それでは、またこれからも配信に遊びに行くから、よろしくね。

 

ではでは、また。

 

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