若者に「平和」託したい (被爆60周年記念誌寄稿文)

                豊永 萬里子  長崎 当時9歳

 長崎に原爆が落とされた時、私は9歳で小学校3年生でした。
 私の家は、爆心地から4キロ地点の中小島という所にありました。学校が休みだったので、近所の子供だちと一緒にお隣の家に遊びに行っていた時でした。午前11時2分、ピカーッとものすごいせん光で空が真っ白になりました。何が何だか分からないまま、無意識のうちにそこの家の3歳の子の手を引いて柱の影に隠れたのを覚えています。家の中にいたのに首が熱く、やけどをしたときみたいにひりひりしました。後で分かったことですが、これが原爆がさく裂した時の熱線と放射能のせいだと知りました。それからすぐ隣組の防空ごうに行きました。すると、手や足や全身やけどの人たちが次から次に入って来られ、その痛々しい姿は今でも忘れることはできません。
 このような悲惨な現場を見た者として、二度と戦争はあってはならない、絶対に核廃絶を訴え続けなければならないと思っています。特に若い世代の皆さんには、地球の平和のために大いに力を発揮していただきたいと心から願っています。