魔族とキメラのとある午後



「なぜ人間は生き続けようと、『存在』し続けようとするんですかね?」
静かな部屋にのんきな男の声が響いた。
「だって、そうでしょう?
どうせめいいっぱい生きたって100年かそこらの命。死んでしまえば今までの積み重ねなんかも全部無駄になるんですよ?
それなのに今にしがみついて、死を恐れて、混沌を恐れて・・・・・・・・
そのくせ自分たちが一番正しいと思ってる。存在し続けることが一番自然だと考えているんです。
僕たち魔族からしてみれば不思議でなりません。前にフィブリゾ様も言ったように『存在』することは多くの矛盾をはらみます。
矛盾だらけの『存在』より、唯一にして無二の『混沌』のほうがよっぽど『世界』として自然ではないのでしょうか?
あなたはどう思います?ゼルガディスさん?」
そこまで一気に言い切るとゼロスは少し冷めたホットミルクを一口飲んだ。
ゼロスの向かいに座っている青年―ゼルガディス―は先ほどの言葉を聞いているのかいないのか、又は無視を決め込んでいるのか読んでいる本から顔を上げようとすらしない。
「どう思います?」
もう一度、ゼロスは尋ねる。
「・・・・・うるさいな。話し相手がほしいのならリナのところにでも行けばいいだろ。」
ゼルガディスは本から顔を上げることなくぶっきらぼうな口調で言う。
それでも答えてしまうのが彼の甘さだ。・・・・本人は気付いていないだろうけど。
ポリポリと頬を掻きながらゼロスはここに来る前のことを思い返した。
「ん〜・・・今リナさんはちょっとお取り込み中のようで・・・・・・怒られてしまいました。」
それに、危うく用事を押し付けられそうになりましたしね・・・・・・・
ゼロスの頬に冷や汗が流れる。
「俺も今取り込み中だ。ゴキブリに付き合ってる暇はない。ガウリィかアメリアのところにでも行ってこい。」
しっし、と犬を手で追い払うような仕草でゼルガディスはゼロスを追い出そうとした。
ゴキブリはひどいですよ〜と言いながらゼロスは困ったように視線をさまよわせた。
「う〜ん・・・・・・・・アメリアさんはちょっと苦手なんですよね。なんていうか・・・・・・・魔族の僕とはそりが合わないようで。」
「・・・・・・・魔族とかそういうのは関係ないと思うが。」
「ガウリィさんは・・・・・・・えっと、こういっちゃなんですが・・・こういう話には向いてないと思うんです。」
「だろうな。」
あのクラゲ頭に「人間はどうして『存在』し続けようとするのか」などというややこしいことを聞いたところでまともな答えなど得られるはずもない。
「だからゼルガディスさんに聞いてるんです。」
「答えるつもりはない。」
一蹴された。
しくしく・・・・・ゼロスは壁際までいってそこでのの字を書き始めた。
「みんなして僕を邪魔者扱いするんですね・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「どうせ僕はしがない中間管理職。上司にこき使われて仲間に見放されて・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「こんなに頑張ってるのに・・・・・休む間も惜しんで働いてるのに・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ゴキブリとか、生ゴミとか、ひどいですよ・・・・・・・僕だって傷つくんですから・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「しくしく・・・・・・・・・・」
「だぁあああぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁ!!!!う・る・さ・い!!泣き言いうならどっか別のとこ行って泣いてろ!!読書の邪魔だ!!」
机を強く叩いてゼルガディスは立ち上がった。
「うぅ・・・・ゼルガディスさんが僕のこと無視し続けるならこれから毎晩ゼルガディスさんの枕元で愚痴を言い続けます!!」
「するな!んなもん!!お前はアメリアか!!」
「じゃあ、答えてくれますか?」
「・・・・・・・・・・・・・」
こいつはそんなに誰かにかまってもらいたいのだろうか?
ゼルガディスは軽くめまいを覚えた。諦めて椅子に腰掛けなおすと、ゼロスはすでに向かいに座ってにこにこ笑っている。
「・・・・・で、何故人間は『存在』しようとし続けるのか、だったか。」
読んでいた本にしおりをはさんんで閉じ、汚れないように少し横にずらす。
「なら何故魔族は世界を滅ぼそうとするんだ?」
ゼルガディスのその質問にゼロスは軽く首をかしげながら答えた。
「それが一番自然だからです。」
「なら、人間の自然の状態とは?」
そこまで言うとゼロスはあぁ、と納得したような顔で話し始めた。
「なるほど、『人間にとっての』自然、ですか。」
「世界にとっての自然なんて誰にもわからない。人間や、魔族が存在する理由も、誰も知らない。
そのなかで魔族は変動を望み、人間は不変を望んでいる。・・・・それだけの違いじゃないのか?」
ゼルガディスはそこまで言い終えるとゼロスのほうを見た。
「人間のほうが不変を望み、魔族は変動を望む、ですか。・・・・・・そういう考え方をしたことはありませんでしたね。
僕らは人間なんかよりもずっと長生きです。滅びない限り死ぬことなんてありませんから。ですから、常に変わり続けている人間の世界を見ているとなんてせわしなくておろかな生き物だろう、って思うんですよ。だから余計に、ですかね。魔族から見て人間は常に変わり続けようとしているように見えるんです。」
「それに比べて僕ら魔族はほとんど変わらないじゃないですか。作られてから滅びるまで、混沌に還ることを望み続ける。」
「しかし、言われてみればそうですよね。人間は今『存在』しているからこれからも存在しようとし続ける、魔族は今『存在』しているから混沌に帰ろうとし続ける人間の望みが不変、魔族の望みが変動。望みだけ見れば確かにそうですね。」
何やらしきりに感心しているゼロス。
「・・・・・納得したんなら帰れ」
「ひどいですねぇ、もう少し付き合ってくれてもいいじゃないですか。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「しかし、意外でした。ゼルガディスさんがそんな考えを持っていたなんて。」
もっと悩んでくれるかと思ったのに。
「・・・・・・・・別に。考えること自体は嫌いじゃない。実際俺だって、何故人間が『存在』し続けようとしているのか疑問に思ったことがあるからな。
なんてことはない。ただの現状維持だったんだ。俺は難しく考えすぎて自分で問題をややこしくしていただけだった。」
お前だってそうなんじゃないのか?
「・・・・・・・そうかもしれませんね。」

これは本当の答えじゃないかもしれない。
でも、ゼロスは長年の疑問に一つのヒントを見たような気がした。

「付き合ってくれてありがとうございました〜」
「もう二度と来るな」
「じゃあまた何かあったら聞きに来ますね〜」
「人の話を聞け!!!」

ゼルガディスはゼロスの消えた空間をしばらく見ていたがやがて机に戻ると本を手に取った。

「人が存在し続けようとする理由、か」

そんなもの、魔族が考えてどうしようというのだろう。
考えるだけ、無駄なのに。
所詮は相いれないものたち同士。理解しあうことはない。

それなのに人間は魔族を理解しようとし、魔族は人間を知ろうとする。



秋の空だけが突き抜けるように高く、冴えた光を放っていた。



著:白螺

2008.9.16