蛹
「蛹の幸せってなんだろうね」
それは独り言に近い問いかけで、僕は返事をすることをためらった。
「蛹の幸せってなんだろうね」
彼女は花柚についている蛹から目を離すことなく、再びその言葉を口にした。
独り言に近い問いかけ。でも、それは確実に問いかけで。
しかもその問いかけは間違いなく僕に向けられたもので。
・・・・・・本当に、彼女はいつも唐突だ。
「蛹になったことないからわからないけど・・・」
「うん」
「生物一般の幸せって言ったら普通は子孫を残し、種を存続・反映させることなんじゃないかな」
ありきたりな僕の意見に、彼女はやはり蛹を見詰めたまま応えた。
「それは“種全体”の幸せ。一個体の幸せじゃない」
それもそうだ。
しかし、蛹一個体に自信の幸せを願うような感情があるとは思えない。
そう、彼女は蛹を見ていない。
「ならきっと羽化して成虫になることだね」
「・・・・・・うん。そうだよね」
ひねりも何もない回答だが、彼女のお気に召したらしい。
慈しむように蛹の輪郭、その一回り外を触れないように指でなぞる。
「なら」
その彼女の指が蛹のくびれでぴたり、と止まった。
「これが蛹の幸せだね」
それはステンドグラスに描かれた聖母のような、慈悲と慈愛に満ちた笑顔だった。
――クシャッ
脆い、スナック菓子の砕けるような音がして、僕は彼女の真意を知る。
2010.8.29