常陸太田の史跡16

防人の碑


万葉集巻20には天平勝宝7歳(755)に、遠く九州に派遣された東国の
防人(さきもり)達の歌が10首載せられている。その中に久慈郡出身の
丸子部佐壮(まるこべのすけお)の次の和歌がある。
久慈川は幸くあり待て潮船に  真楫繁貫き吾は帰り来む
これは、「久慈川よ、変わらずに無事で待っていてくれ。
防人の任期が終わったら潮船に梶をいっぱい通して帰って来よう」
という意味である。
この歌碑は旧国道349号線の久慈川の幸久橋のたもとに建っている。
上河合町。(常陸太田駅から約3キロ)

 
防人の碑      



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