常陸太田の史跡12

馬坂城跡


平安時代の末期、新羅三郎義光の孫昌義は佐竹郷に永住して佐竹氏を名乗り、
馬坂城(間坂城)を築いた。
馬坂城は約6千平方メートルの敷地に3つの曲輪を設けた平山城で、山田川に
面し3方を高さ30メートルの崖で囲まれた高台にあり、自然の要害であった。
城は3代隆義が舞鶴城に移った後は佐竹一族が住んでいたが、慶長7年(1602)
の秋田転封によって廃城となった。
現在巨館跡の畑の中に馬坂城跡碑が建てられている。 
なお城内には縄文時代前期のものと見られる間坂貝塚がある。
天神林町。(常陸太田駅から2.5キロ)

 
 馬坂城跡碑      
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