三の丸歴史ロ−ド

9.師範学校跡

  三階櫓跡の先、現在の水戸三高の構内に師範学校跡
があります。

 「明治7年小学校の教員養成のため、水戸柵町に
拡充師範学校が創立された。
  その後、校舎は水戸滝岡町(現在の金町付近)に移り、
さらに明治21年(1888)にこの旧水戸城跡に移転した。
明治31年に茨城県師範学校、のちに茨城師範学校と
改称し、茨城大学となった昭和24年(1949)まで本県の
初等教育に大きく貢献した。」
 

10.本丸跡

二の丸と本丸を隔てる濠(現在水郡線の線路)を渡ると 水戸一高で、そのの入り口に薬医門が立っています。 この一郭は鎌倉時代に馬場氏が館を建ててから江戸氏、 佐竹氏と城主が変わっても本城(本丸)であった。 しかし徳川氏は居館を二の丸に建てこの廓は武器 貯蔵庫とした。 城門は東端に浄光寺門、中部に中門があったが、 現在残る唯一の門は橋のたもとにあった橋詰門 のみである。」


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