札幌デジタル彫刻美術館  210 労農運動犠牲者の碑

基本情報

[台帳番号]210
[作品名]労農運動犠牲者の碑
[作 家]山内壮夫
[設置年]1949年 制作、1966年 設置
[設置場所]豊平区月寒西1条3丁目
月寒公園高台東端脇ミニ公園
[所有者]日本国民救済
[材質・構造] 本体材質 : ブロンズ
   高400x横200x幅200 (cm)
台座材質 : 花崗岩 
   高**x横**x幅** (cm)
[写 真] 橋本信夫
[記 事] ****

以上、基本情報

[解 説] * 210 《労農運動犠牲者之碑》
 月寒公園高台東端脇を通る美園月寒裏通線の西1条3丁目の一角、ミニ公園化した中にある。戦前、労農運動のために官憲の弾圧を受け、犠牲者となった人たちへの慰霊碑である。 昭和24年(1949)6月、当時の労農救援会(現日本国民救済会)北海道支部長故木田茂晴弁護士宅(札幌市大通9丁目)に創設され、昭和41年(1966)ここに移設された。高さ4メートル、幅2メートル、表面に、「だれが斗わずにいられよう 斗うであろう 斗わねばならぬ 労働運動犠牲者之碑1949」 と、黄色で書かれている。 裏面に「設計者山内壮夫」と書かれている。山内壮夫(やまのうちたけお)[1907-1975]は岩見沢市出身、新制作協会に所属していた彫刻家。
 碑頭部の丸いくり抜きは狩勝トンネルをかたどり、労働者階級の勝利と開放をうたいあげているユニークなデザインである。 合葬追悼者銘板には2,175名が刻名されている。毎年6月に追悼会(無宗教)が月寒神社の社務所内で関係団体によって行われており、平成19年で44回を数える。碑の右側に次の通り 「碑の由来」がはっきりした文字で掲げられている。かって専制と圧迫が支配する北海道において、生活と権利、平和と民主主義のためにたたかい官憲に捕らわれ拷問を受けて惨殺された人たち。 あるいは灰色の獄中であるいは迫害と尾行に家郷を追われ窮乏裡にその生涯を閉じた人たち。 これら先駆者の功績をながく讃え、その不屈のたたかいにまなび遺志と過去を継ぐ誓いの碑として、1949年全道の働く人びとの遺志をあつめてこれを建立し1966年9月この地に移す。」
 文献を示すこと!

210 労農運動犠牲者の碑・正面

写真・労農運動犠牲者の碑
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