マイ スイート ラグジュアリー






ここの椅子は座り心地が良い。
そう言って、少年は一見無邪気に笑った。
国軍大佐の執務室とはいえ所詮は軍の備品なのだから、別段高価なソファを置いているわけではないが。
少々そっけなく響いた口調でそう返すと、彼は何かを言いたげな顔をして、しかし結局言葉は発しなかった。
少しでも揶揄するような事を言えば、まるで息をするように容易にその三倍は憎まれ口を返す彼にしては珍しいと思ったが、こちらも敢えて何も言わなかった。
彼の視線を感じてどことなく落ち着かない気分にさせられるのは、一体いつからだっただろうか。
相変わらず意地悪ぃな、と唇の端を少し上げて笑う表情を作った少年は、そうして見ると以前より少し成長したように感じられた。
左右重さの違う足音を静かな室内に響かせて、ゆっくりとこちらに近づいてくる彼を見るでもなくただ目で追っていた。
心外だな。そう言って大袈裟に肩を竦めてみせると、少年はゆっくりと机を回り込み目の前までやってきた。
鋼の右手が伸びてきて、姿勢を預けていた背凭れに力が加わる。椅子ごと動かされ、彼と正面から向き合わされて、見慣れない角度を些か新鮮に感じながら視線を上げた。
「そういうことじゃないって、わかってるくせに」
「……さて、」
何の話か、わからんな。
まるで囁くように言って金色の視線を見つめ返すと、意外にも先に目を伏せたのは彼のほうだった。
光を弾いて綺麗に瞬く瞳が隠されたのを、どこか残念に思っている自分がいるのを感じた。
伏せられたままの長い睫が近づいてくるのを、どこか他人事のようにただ見ていた。
「いいよ、今は別に、それでも」
触れるだけでそっと離れた唇に、彼はそう言葉を乗せた。
「俺にとっては居心地良いし、贅沢だと思ってる」
布越しでも分かる硬い右腕が、背中に回されたのを感じる。
「あんたと、一緒にいられるのが」
僅かな隙間さえ潰すように強く引き寄せられて、ほんの少し眉を顰めた。
「あんたにもそうであって欲しいなんて、今は言わねぇよ」
零れたみたいにぽつりと続いた言葉にも黙っていると、
「何とか言えよ」
と、触れ合った身体から言葉が微細な振動と共に直接伝わってくる。
子どもの体温は高いというが、本当だな、などと。
ここでそんなことを言えば、耳元にも関わらず怒鳴られるのはわかっていたので。
その暖かい身体に、ゆっくりと両腕を返した。
「口説き文句としては、まだまだだな」
そう言って喉の奥で笑うと、それを封じるように深く唇が重ねられた。
乱暴に探られ、まるで癇癪を起こした子どものようだなと思った。
けれど、触れる体温が思いの外心地良く感じられて。
その肩を引き離すのは、もう少し後にすることにした。



'08.7.11

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