遠く澄みきった…冬の空は、どこまでも蒼く凛とした気配すら纏って晴れ渡っている。ほう、と吐きだした息は迷うことなく白く濁ってあっという間に散っていく、それを視線で追いかけてアリスは未だ喧騒の明りを端に残した京都の空を見上げた。
にゃぁ…
「ん?なんや、コウ。キミのご主人さまは未だ戻らんようやね」
小さな額を擦りつける様にして身を寄せる猫を…その小さな体温を慈しむように撫ぜてやりながら、本来なら此処に居る筈の住人を想った。年末だから、年始だからと言って事件は待ってはくれない。時を選ばずに偶発しては准教授殿の休息を奪っていくのだ。いつもなら二人炬燵に入ってゆったりとした時間を過ごしている時分であるのに、年の暮れに起こった難解な事件はソレを許さなかった。…帰ってくるつもりだとは、言っていたけれど。「今年」は、残すところ後数時間、だ。
間に合わん、かもなぁ…。
小さくため息を吐いてアリスは惰性で眺めていた色鮮やかに切り取られた画面を消した。
雪が舞う季節も、花吹雪が頬を撫ぜる季節も、身を焦がす日差しが全てを支配している季節も。いつだって、キミと歩いてきた。
…いつも、傍に居る訳ではないけれど。
傍に、居ない、訳でもなく。隣に…いつだって居て欲しい時にはキミが居た。
同じ季節を愛で、笑い合える相手が居る、その幸せをいつだって身に纏っていたのだ。
だから、…こうして待っている時にだって。いや、待っているからこそ、独りでいると言う事にどうしようもない寂しさ寂寥感を覚えてしまうのだろう。くだらない、他愛ないと言って笑いあっていた筈の華やかで絢爛な番組も、どこか白々しい空虚なモノに思えてしまう位…それは虚しいモノなのだ。
キミが、居ないから。
キミと、…居ないから。
だた、それだけなのに。身体の一部が…寒くて哀しいと叫んでいるんだと思う。炬燵に埋まったまま、アリスは無意識に肩を抱く様にして身を引寄せて瞳を閉じた。
熱と、寒気の間あたりを漂う様に意識が彷徨っている。ぎしりと動かない躰を動かそうとして、ああ、炬燵に入ったままで転寝をしてしまったのだ、と思った。辛うじて思考が頭の片隅で起動している、そんな曖昧な状態であるにも関わらず、聞きなれ耳馴染みとなったセル音が微かに聴こえた気がして…今度こそ確かに覚醒した。
「…んっ」
組んでいた腕をまくら代わりにして机に突っ伏していたからだろう、腕が、肩が、首が変に凝り固まってしまってはいたが、なんとか動かして大きく伸びをした。そうしている間にエンジン音は止み、代わりに待ち望んでいた独特のきしみ音が耳へ届いてアリスの心を湧かせる。
それは、一段一段、造作なく上がってくる…足音。
もう少し、もう少しだ…近づいてくる音に心を弾ませながらも未だ覚め切らない意識を引き戻す様に炬燵から出て立ちあがった…つもりだったが。
「って…」
座ったままで組んでいた足は見事に痺れていて立ちあがる事さえ叶わない。そうしている間に大きくなった足音は訝しむ様に扉の前で留まったまま、座り込んだ状態で見つめるアリスの目の前でゆっくりとドアノブが回されていく。音が、部屋の中から聴こえないからオレが寝てしまったのかと思って気を使っているのかもしれない、そうは思ってもへたり込んだままでなんでか声が、出せないでいた。
「…アリス?」
そっと、開かれた扉の向こう側から外気を纏ったままの火村が身を滑らせて来るのに、はにかんだ様な曖昧な笑みを浮かべて応えた。…足の痺れは全身の感覚までおかしくさせると思わないか?なんとも言えない、微妙な感覚に支配された状況に微笑みすら引きずられてしまうのだろう。
「…おかえり〜」
車で現場に向かった火村はコートを羽織る事無く、手にしたままでそれでも寒そうにする事なく慣れた手つきでハンガーへと潜らせている。…ジャケットの色はいつもの白だ。だらしなく締めていたであろうタイはすでに抜き取られた後で、その白いジャケットすら脱ぎ去っている。珍しく眼鏡は掛けたままだ。
「ああ、…あったけぇな。外から戻るとほっとする」
じっと炬燵の中で小さく丸まっていた猫たちが、挨拶代わりに一啼きすると足音も無く散っていくのを横目に見ながら尚も立ちあがらない私の目の前でにやり、と笑う火村が…ほんの少しだけ――――。
「…曇ってるで?レンズ」
滅多に見ない火村の眼鏡姿に中てられた様に頬に熱が集まるのを感じてはいたが、いかんせん動く事が儘ならない私はふい、と顔を逸らす事しか出来ない。それを見咎めたらしい火村がくつくつと薄く笑うのに…更に血の巡りが良くなったかもしれない。
ああ、もう、なんで…こんなに。
昨日今日の付き合いな訳ではないのに、改めて…なんて、まるで信じられない。付き合い始めの乙女の様な反応が自分でも信じられないけれど、実際見惚れてしまうのはこの私で、あまつさえドキリと心臓は感情とかけ離れたところで勝手に脈打ってしまうのだから始末に負えない
。それでも――――。
「っ、火村!」
ふっと視界に陰を感じて視線を戻す、その瞬間に投げ出した下肢に重みを感じて思わず声を張っていた。…幾らか痺れはマシになったとはいえ、平常を取り戻していた訳では無いからだ。寝転がった火村の頭が載った部分からじんわりと熱が伝わって痺れを、追い越していく。
「…ああ、あったけぇな。アリスは…」
「ひむら…」
疲れた様子で瞳を閉じて身を預ける火村に…同行しなかった事を少しだけ悔やんだけれど、安心したように“スイッチ”を切ったキミにとても胸がほっこりする。
あたたかい、と…キミは言ってくれるけれど。
さっきまで、寒いとすら感じていた身体のどこか一部が…キミが触れる処からじんわりと広がる暖かい体温が…私の感じていた足りない何かを埋めていってくれる。ソレをキミは…知っているだろうか。
「…お疲れ様や、火村」
そっと触れる男らしい硬質な黒髪に…想いのたけを籠めて仕舞おう。
「ああ、今年も…いろいろあったな」
掌はいつの間にか火村の指に絡め取られて、深い漆黒の瞳がじっと私を見つめていた。何処までも深くて…いつも傍に居た、美しい瞳。そして、耳に聴こえていた低い鐘の音が…止んだ。
「火村、おめでとう。…これからも、宜しくな?」
ふっと緩んだ口元に…逞しく優しいキミの指が触れる。…撫ぜる。
何時も変わらない、何時だって傍に居る、…大切なキミに。
素晴らしい一年を、共に過ごせる…幸せに、おめでとうを!

明けましておめでとうございます☆春香様の素敵なイラストを頂きまして調子に乗って駄文を付けて仕舞いました〜(/дヽ)すいません〜(汗)しかも年賀の御挨拶にと思っていたにも関わらず…間に合わなかったですし〜(涙)優しく微笑むアリスと眼鏡(!)な火村にくらくらですvv今年も一年宜しくお願いいたします Author by emi