機嫌が悪かったのは間違いない。
虫の居所が悪い日だってある。
いつもなら寛大な心で赦せる事だって妙に癇に障り赦しがたい時だってある。
誰だってそうだろう?
そう。
なんてことはない。朝から積み重なっていく苛々に堪え切れなくなっただけなんだ。
違うか?
「あほんだらぁ!!」
目の前でわなわなと薄い肩を震わせて怒号を飛ばした有栖が、見る間にその白い肌を怒りで染めていく様を見て…やっぱり、とすら思う。
日に焼けにくい白い肌に上気した頬、小さく収まりの良い、それでいてふっくらと柔らかそうな口唇は甘い言葉を紡ぐためにあるのであって怒りに満ち満ちた言葉を吐くためにあるのではない。
「…アリス、その言葉を巻き舌で叫ぶなよ。可愛い口が大ナシだろ?」
投げかけられた言葉は確かに自分に向かっているのだが、それを毛ほども感じられない半ば残念そうにも聴こえる声色で思わず呟いてしまったらしい。怒りを露わにしたというのに悪びれるわけでもなく至極残念そうにしているだろう俺を見た有栖が益々頬を染め上げていくのは…悪くない。
怒り半分、照れ半分。
いい塩梅じゃなかろうか。
「おまっ、お前〜どの面下げてのたまっとんねん!」
どの面?ああ、その表情も悪くないな。
髪が伸びたといっていた有栖が、顔に柔らかな陰を落とす髪を鬱陶しそうに掻き上げる。隠れていた大きな瞳が少しだけ潤んでいる様に見えるのはきっと俺の目の錯覚なんだろう。
いつだってそうだ。
薄い茶の瞳でじっと見据えて焦点の定まらない視線を惜しげも無く晒す有栖に何度目眩を覚えただろう…堪らなく庇護欲を掻き立てるその姿に気が付いた時には水が溢れる様に想いが…零れていた。
ころころとよく変わる表情に天真爛漫な性格、そして…誰よりも美しい、俺の自慢の有栖。出来る事なら誰の目にも触れない様に自分のテリトリーで囲ってしまいたいと思う、それは紛れもない独占慾。
だが、現実は甘くも無く…こうして学校に通う間にも有栖の姿は人眼に晒されてしまう。
結果。
「悪い輩がふらふらと釣れてしまうんだよな…」
後にも先にも聴いた事のないほど変わっている名前を持つ有栖にとって、ただ在籍しているというだけでその存在は否が応にも知れ渡ってしまうものだ。加えて容姿がどこか俗世離れして性別すらあまり感じさせないとなれば興味本位含め大勢の人間の目を惹く。
さっきだって…そうだ。
普段から愛想のない事この上ないであろう俺が、いわばバリヤーの様な状態で有栖をそういった外敵から守っているにも関わらず、時折身の程知らずな大馬鹿野郎が勇猛果敢にも挑んできやがる。
『あ、あの…有栖川、俺と友達に…なってくれへん?』
それくらいならまだ許せる。へらん、と無防備に笑う有栖の横で凶悪度200%増しの表情で睨みを利かせれば大概のヤツはそそくさと退散していくからだ。だが、中には鈍いというか神経の太いヤツも居るってことだろう。さっきのヤツがそうだ。
『…いや、友達っていうか…、つまり…俺と、つ、付き合うて欲しいんやけど…』
ぽかん、だ。
普通の学生なら同性に告白されたとしたら大概の反応はそうだろう。
だが、生憎と有栖はいたって普通と思って居るだけの「アリス」だ。何を勘違いしたのかいつものようにへらん、と見ようによっては嬉しそうにすら見える笑顔を浮かべて首を傾げ答えたのだ。
『ありがとうなぁ、でも…俺、キミの事知らんよ?』
玉砕覚悟で来たであろう目の前の大馬鹿野郎は一瞬何を言われたか理解出来なかったんだろうな、それこそぽかん、とした表情を浮かべて口を開きかけた次の瞬間。
膝をついて玉砕した。
何故って?
『…知っていたとしても無理だな。アリスは俺のだからだ』
全身全霊を掛けて誓ってもイイ。俺は無意識だった。
潜在意識のみが突き動かして何かを言いかけた有栖の肩を抱くと強引に顎をとり…その唇が否定の言葉を紡ぐ前に塞いでしまっていた。
…合わせた口唇で。
呆気に取られた様に崩れ落ちたヤツを尻目に同じく、呆けたままの有栖を強引に支えてその場を後にし…校舎横のベンチに至ると言うわけだ。
そして我に返った有栖が放った一言が…『あほんだらぁ!!』
「聞いとんの?火村!」
「…ああ、聴いてるよ。アリスの言う事はいつだって聴いてやるだろ?」
咄嗟に取った行動とはいえ先ほど確かに合わせた唇が目の前で動くのがまるで誘っているようにしか見えないあたり…俺は病気なのだろうか。こうも自分の欲求が赴くままに思考が溢れてしまうのは。
いや…きっとこおれが俗に言う“キレた状態”なのかもしれない。
「やから…!もう、信じられへん!」
「アリス…、信じられないのはこっちだろ。お前、あの態度じゃあいつを知らないけどもし知っていたら付き合うみたいなニュアンスだったじゃねぇか。いい加減自覚しろよ。知りあいだったら“付き合ってくれ”って言われて付き合うのかよ」
そうとも。朝から機嫌が悪くすこぶる虫の居所が悪かったのは確かだが、今まで積もり積もった有栖の無防備さにキレたというのが正しいのかもしれない。我慢の限界を超えてしまったのだろう。
睨みを利かせるだけでは撃退出来ない相手なら…はっきりきっぱり諦めて貰うにはああするのが一番効果的だと思わないか?
何に対してそんなに怒る事があるんだか…さっぱり分からない。
…分かりたくも無いが。
「知り合いって…、そうやないやろ!?そこを怒ってるんやないぞ、火村!何勝手に…勝手に…!」
「ああ、キスしたかって?」
「…っ〜!」
今度こそ怒りのボルテージよりも恥じらいのゲージが勝った有栖の様子に骨が折れそうな位抱きしめたい衝動に駆られるものの、尋常でない自制心でもって腰に手を回すだけで済ませた。怒りだか恥じらいだかで興奮気味の有栖は気が付かないようでどこか壊れたような状態であってもほっとした。
隣に座った有栖の腰をさり気なく抱き、至近距離で紅潮した頬と突き出された唇に吸い寄せられてしまうのは…仕方ない事だ。それでも“勝手にキスしたこと”に対して憤っているらしい有栖の意を汲んで取りあえず聴いてみる。
「…アリス、キスしていいか?」
耳元で。
「…っ、あほ〜!!」
喚く有栖が逃げ出さない様にがっちりとホールドして近づける顔を辛うじて華奢な指先が押しとどめ、真っ赤になった可愛らしい顔が思ってもみない言葉を紡ぎだした。
「やから〜、順序がおかしいやろ!?」
「…順序?」
順序ってなんだ?何の話をしている?
顔を寄せ合った状態で必死に押しとどめる有栖の手にやんわりと口付けをして疑問を視線で投げかけると、まるで金魚の様にぱくぱくと口を開け閉めしながら有栖が言葉を探すのが…堪らなく愛おしい。せっかく開いた口、いっそこの場で塞いでしまおうか。
「や、やから…!なんでっ、なんで…そこからなんや!」
「…なにが?」
「何がって…なんで、オレに…き、キスしたんやって事!順序が…おかしいやろ?」
「アリスは俺のだから、だろ?」
ぶんぶんと被りを振り言い淀む有栖の瞳には…微かな戸惑いと確かな恥じらい。
「俺のって…、なんでそう思うん?」
いつもなら暖かい震える指先はすっかり血の気を失くして、添わせた俺の口唇に冷たく感じる。それなのに対照的に上気した頬が…何を示しているかなんて。
キレて本能を制御しきれない今の俺には気が付く訳も無く…リミッター解除された口からはダダ漏れの想いが溢れだしていた。
「アリスが…好き、だから」
瞬間。
瞳の奥にあった戸惑いは霧消し代わりに溢れだす安堵の色に、失っていた自我が急に戻ってきた様な気がして逆に戸惑ってしまう。…俺は、何をしているんだ?
急に覚めていく夢の様に自制心とかそういったもろもろがカムバックしてもはや思考は混とんとしてパニック状態。それでも…解かれた有栖の指先が、恐る恐るではあるが俺の肩を辿り肘先を擦って背中へ…回された時には、その仕草に吸い寄せられるように口付けを交わしていた。
そう、交わしていたんだ。
「…アリス?」
「やから…順序がおかしい、言うたやろ?」
はにかんだ様に笑う有栖は紛れも無く俺の見知った有栖なのに、艶すら刷いて艶やかに微笑む表情はまるで違う人間にも見える。
ついさっきまで、ただの友人…その位置に居た筈なのに。
ずっとそうであると諦めていた筈なのに。
「順序って…、お前何言ってるんだ?」
「オレの事好きなんやろ?そう、言えばよかったんや…あんな回りくどい事せんでスパンと。自制心がキレへんかったら何時までもこうして隣に居るだけやったん?あほらし」
ぽすん、と。
有栖の顔が俺の肩に落ちてきて…俺は堕ちて来た有栖を手に入れた。
朝から機嫌が悪かったのは事実。
虫の居所が悪かったのは…今日というこの日に何時も以上に愛想を振舞く有栖の姿に、いつもならやんわりとした見えない拒絶で他を寄せ付けない有栖への微かな可能性を見出したハイエナ共が朝から必要以上に蔓延っていたから。思えば…それはあからさまにすら見える態度で。
我慢の限界を超えた俺の緒は…呆気なく切れた。
「…アリス、俺と付き合ってくれるか?」
ふふ、と嬉しそうに笑う有栖の真意がどこにあるかは未だ分からないけれど、可愛らしい口唇が次に紡ぐであろう優しい言葉はきっと合って居ると思う。
なあ、そうだろう?
それは・・・ちょうど一年前に交わした記念の言葉。
強い肯定の言葉。
『アブソルートリー』
気が付けば5月でした…、長らく臥せっておりましてあわや間に合わないかとひやひやでしたがなんとか復活。准・作家!HappyAnniversaryと言う事で100,000HITSで頂いたリクより学生ヒムアリでもてるアリスと人前でアリスに「お前は俺のものだ」と宣言しちゃうと出来あがる二人という物を混ぜ込んでみましたvvao様リクありがとうございました〜♪長編はまた別で書いてますのでその前に…。しっかりネタにさせていただきましたよ!いつも有難うございます!また是非お願いいたしますね〜!<2010/5/7>
Author by emi