「なあ、最近火村君彼女、居てへんやんなあ?」
研究塔に程近い中庭のベンチ。
まわりには芝生が綺麗に敷き詰められて初夏の陽気に生き生きとした緑を描いている。
この付近にたまるのは女子が多い。新しい研究塔に広くて綺麗な化粧室が出来たせいで
其処に行くために近くの中庭で溜まっているのだ。女子の心理は良く分からないが、
煙草の吸える喫煙所付近に男子が多く集まるのと同じ原理か。
もっとも最近の喫煙所では女子の姿も多くみられるようになってきたのだが。
兎に角、芝生のベンチでは4人くらいのグループがパンを片手にきゃあきゃあと華やいだ声を上げ、盛りあがっていた。
「居てない!割とサイクル早めに付き合うとったんが、嘘みたいに最近独りらしいで?」
「ええ〜?そうなん?」
「あ、でも文学部の子がこの間手ひどく断られたらしいやん」
「知っとる!!あの去年ミスコンに出とった子やろ?髪の長い」
「そうそう。色白いから、いけると思ってたけど・・・」
「え?なんで?色白いんが関係あんの?」
「あるやろ。これ、あたしの独自の研究結果なんやけどな・・・」
「うわっ、なんや、ソレ。あんた、火村君ファンやった?」
「ええから、聞き。これまで火村君が付き合うとった女の特徴をピックアップしてみたねん」
「へえー、ようやる」
「そしたらな、共通項がいくつかあったんや」
「ほんま?どんな事やねん、もしかしたら当てはまるかもしれんやん」
「まず、一個目。色白な子」
「あ〜、そうかも」
「んで、二個目。細っそい子」
「あ、無理やわ。あと5キロは痩せんとスレンダーには程遠いもんなぁ」
「そいで、割と髪の短い子が多かったね。茶髪の」
「それやったらイケル!!ほら、短いもん」
「はいはい、それだけやったら女の子らしいて可愛い感じが好きなんかと思うやろ?」
「まあ、そうやね。色白くて、華奢で。髪は以外やけど」
「でもな、違うねん。めっちゃ背の高い子とか、なんでその声?くらいにアルトな声の子とか
必ずしも女の子らしいて可愛い子とは限らんのや」
「え〜?そうなんや・・・」
「な?だから、色白いからいけると思ったんやけど・・・」
「あれや、火村君、好きな人でも居るんちゃう?」
「ええ?マジで?そんないややわ」
「あんたが嫌でも、関係あらへんで?」
一際大きな笑い声を上げて彼女達は食事を終えたらしく“綺麗な化粧室”へと向かっていった。
よくもあそこまで話を盛り上げておきながら、食事ができるものだ。
いつ呑み込んでいるのだろう。不思議で仕方が無い。
食べながら話しをして口からモノが零れやしないかとも思うのだが、これまた綺麗に食べる辺り、もしかしたら女子は男子と口元の構造が違うのかもしれないと半ば本気で疑いたくなる。
それにしても、女の子の情報というのは凄い。
火村がどんな女の子と付き合っているのか、
とかどこの学部のだれそれが振られた、とか。
なにしろ髪の長い色白の彼女の話はつい先週の事だ。
正確には振られた、ではなくこっぴどく追い払われた、だったが。それにしても素早い。
そして、改めて思う。
火村はやはり目立つのだ。
学部が違えど火村のことを知らない人間を探すほうが大変かもしれない。特に女子に関して言えば。まあ、確かに見てくれは申し分ないのだが。
聞くつもりではないが、後ろの植え込みに隠されて座っていたアリスは次の授業へと向かうべく立ち上がって歩き出した。
なんとなく、無意識的に喫煙所の方へと足を向けていたらしくふとそちらを見ると
煙と人だかりの中に火村が手を上げていた。
「よう、アリス。これから授業か?」
「なんや、火村。君、3限空きやろ?」
示し合わせたわけではないが、なんとなく並んで歩く。
彼女達の話を聞いた後だったので、妙に気になって隣を行く火村の端正な横顔を見てしまった。
たいして時間をかけているわけでもないのにきちんと整った黒髪に涼やかな目許。
意思の強そうな唇に軽く微笑みを乗せているのが珍しい。
いつか独りで居るところを見たときには恐ろしいほど無表情だったのに。
どうやら機嫌がいいらしい。初夏の陽気に夏の装いが涼しげだ。
白地のポロシャツは肩から大きなロゴが入っていて、もともとそういうデザインなのか
襟が立っていてお洒落だ。下手をしたら首の埋まってしまうその高さもなんなく着こなしているのが羨ましい。
スタイルがいいのだ。
「ああ、空きだ。まったく、無駄な時間だよな・・・」
面倒くさそうに呟くも教室へ向かう道筋から離れる気配が無い。そのまま3限の授業の教室に入ると当然のようにアリスの隣に腰を下ろした。
どうやら潜り込む魂胆らしい。まあ、火村がどの授業に出ようがアリスには関係の無いことだ。
それが、空き時間となると毎回、であっても。
慣れたもので何を言うわけでもなくテキストを拡げて座る。始まるまであと5分強。
と、ベンチタイプの机、隣に座った火村の腕がアリスに触れた。
白い半そでから覗く腕は良く焼けていて逞しく、
机に肘を突いている体勢では腕が少し折り曲がっていて上腕の筋肉が盛り上がって見える。
羨ましいくらい、男らしい腕だ。
どう鍛えたところでアリスには縁遠い、逞しさ。
別に、ええけど。
そんな風に思っていると、
腕が触れた感覚に火村がアリスを見てくる。
「・・・なんや?」
「いや。・・・アリス、お前ほんとに白いよな・・・」
並んだ自分の腕と見比べたのだろうか。しげしげと見つめる火村に煩そうに言ってやる。
「大きなお世話や。焼きたくても焼かれへんのや。黒くなる前に赤くなって火傷や」
「ふーん。大変なんだな」
「ふん、君みたいに外に居るわけちゃうしな。ええねん。一生白いままでも」
「それに細い・・・。ソレ、折れないのか?転んだりしたら」
そっと、それでいて恐る恐る手首を捕まれて驚いた。細いのは自覚しているが、それにしたって火村の掌がぐるりと廻るくらい細いのか?火村の手が大きいのか?
「どんな、老人やねん、俺は。転んだくらいで折れて溜まるか。・・・これも一生細いままやろね。おとんもおかんも、年の割りにほっそいし・・・」
何かを言いたそうにしている火村をみてちょっとだけ、拗ねてみた。
「ええねん。色が白くても、折れそうなくらい細くても。それでもいいって言ってくれるような
最高に素敵な恋人を探すねんから!・・・大丈夫や、きっとどっかに居るハズ」
「・・・まあ、居るな。そういうヤツ」
「え?ほんま?どこに居るん?」
「さあな」
「さあな、って俺の一生がそれで決まるかも知れへんのやで?」
「・・・だから、だ。うかうか言えねえな」
なんや、けち・・・。という呟きと共に授業が始まった。
そのまま、結局答えを聴き損ねた。
それから、熱い夏が来てアリスはその答えをきくことになる。
そして、改めて思うのだ。
女子の観察力は凄い、と。
Author by emi