見上げてごらん






会社帰りの路地。


日付はとっくに今日から昨日へ。


それでも、帰れるだけましというもの。


あかん、こんなはずじゃなかったのに。
そう思えど、生きていくためのかてなのだから仕方ない。

もういい加減諦めもついてきた。

そんな折。


ヴヴ


携帯が震えて着信を知らせる。
開いた画面に、思わず笑ってしまった。

どんな顔してうっとんねん、このメッセージ。

見上げた空は、暗い。


『アリス、お前が、好き、なんだ』


思いつめた顔をして想いを告げるキミに
私が投げつけた言葉は紛れもない拒絶だったのに、
どうしてキミは変わらずにいられるのだろう。

『ゴメン、俺は、無理、や』

理由もなく、訳も言わず、ただ、無理を繰り返す私に
どうしてキミは。

笑ってくれたのだろう。



あほな火村。

でも。


もっとあほうなのは、きっと俺や。


ほぼ毎日、顔を突き合わせていた学生時代。
その幸せがずっと続けばいいと願い続けていた、あの頃。

キミがくれた言葉は、間違いなく私の心を震わせていたのに。


・・・キミを、失いたく無くて。


素直になることがどうしても出来なかった。


『ごめん、ごめんな。キミとはずっと一緒にいたいんや。
ずっと、一緒にこうして笑って居たいんや。だから』


だから、友達でいよう?

いて、くれる?


『・・・ああ、わかった。アリス。それがお前の望みなら』


どこか淡々と告げる火村に、私はちゃんと笑顔を向けられていただろうか。


それから、私が学生でなくなってもキミは変わらず私の傍にいる。
あの頃と変わらない笑顔で、隣にいてくれる。

もちろん、一緒に居られる時間は格段に減ったけれど
時間が空けば自然とキミの隣にいた。いることが出来た。


今は、そうではないのだけれど。


キミは海を越えた見知らぬ国で、私は仕事に忙殺される毎日。


一緒にいるどころか、声すら、聞けない日々。

それでも。


『こちらは猛暑。くそあつくて溶ける。研究どころじゃねぇ』
『今日も泊りや。いい加減、部屋がどうなっとるか、怖い』
『差し入れのクッキーがでかい、厚い、顔みたいで笑えるけど美味い』
『無駄な廻り道をしてもうた。おかげで遅刻。今月三度目はやばい』

たった一行の近況報告で互いに繋がっている、と思える。


ああ、いつの間にか晴れとる。


火村のメッセージに釣られて空を見た。


日は落ちて、暗転した空。

それでも。


朝から降り続けていた雨も上がり、煌めく、星たち。


キミは、意外とロマンチストやな。


『こちらの空は晴れ。これできっと逢えるな。いや、逢いたい』


あの日、キミの告白を酷い言葉で拒絶したというのに、
どうしてキミは諦めないのだろう。


『それがお前の望みなら。・・・けれど、アリス
気が変わるということもあるだろうから俺は待つさ。
アリス。お前がその先を望む日を、待ってる』


違うんだ、火村。


私は、怖かったんだ。

ただ、怖かったんだ。


キミを、失ってしまうかもしれないことが。


・・・恋人になって、愛を交わして
そして、いつか、別れてしまう事が

ただ、怖かっただけなんだ。


友達なら、別れることもない、嫌いになることもない。
想いが満たされてしまえば、気持ちに振りまわされて
書くことが出来なくなるかもしれない。
そう思って。

けれど、それは、違っていたんだな、きっと。

友達だって、疎遠になったり絶縁したりする。
想いが満たされていなくても、書けないことだってある。


そもそも。


私がキミと一緒に居たいと思い続けても
キミが同じ気持ちで居てくれるとは限らないのに。

キミの言葉に甘えていたのかもしれない。


キミは、変わらずに私を見続けてくれると

心のどこかで信じて居たかったのかもしれない。



想いとは皮肉なモノだな、火村。

一緒に居られない時間が、私に大切な事を気が付かせてくれた。


そうだ。

私は、怖かったのではなくて
ただ、鈍かっただけなんだろう?

もっともらしい理由を並べていただけで
自分の想いにすら気が付いていなかっただけなんだ。

ねぇ、火村。

キミはそれに気が付いていたのかな。

敏いキミのことだ。

もしかしたら、気が付いた上で、待っていると言ってくれたのだろうか。


遠く離れていても気持ちが繋がっていると、
想いは変わらないのだと、証明してみせてくれた?


『逢いたいよ、お前に。お前が、笑ってくれるその隣に、居たい』

なんて、熱烈なメッセージ、なのだろう。

一体どんな貌をして、送ったのだろう。


「くっそう、これは反則や」


いい加減、私も腹をくくることにしたんだ。


だから。


『こちら雨天のち晴れ。空を見てた。逢いたい、逢いたいよ、キミに』

もう、自分の気持ちに迷いはない。


キミにいつ会えるのか、わからないけれど。

逢ったら。キミに逢えたら。


今度は私から、告げるのだ。


『ずっと好きだったんだ』と。


今夜は七夕。


離れ離れの恋人たちが一年に一度の逢瀬をする夜。


こんな夜に、遠く離れたキミを、想う。



Author by emi