平たい銀色の身体が、仄かな光を集めて鈍く光っている。
其処は水の底。
無機質なガラスで覆われた無音の世界。
雄大な河で泳ぐはずの彼はひたすらケースの中で漂い続けるしかない。
何も無い世界の底で、アロワナはどんな夢を見るのだろう。
そんな風に思いながら、ぼんやりと車窓を眺める。
あの水底の様に、此処には何も無い。
唯、君の体温があるだけ。
其れが今、私を彩る世界の全て。
夜ともなると頬に感じる風は、冷たいが火照った頬には心地良い。
久しぶりに集まった大学の友人らと飲みに行った帰り。
もう少しいっしょに居たくて彼を誘った。
「なあ、もう一軒行かへん?ちょっと洒落た店を見つけたんやけど、
独りでは入りづらいねん。君となら行きやすいし・・・・」
そうだな、と煙を吐き出す君の横顔を見ていたくて。
裏通りにある地下のバーへと歩を向けるとほどなくその店は見えて来る。
急な階段を降り扉を開くと、
ダウンライトの店内は思いのほか静かだ。時折、笑い声が聞こえたりもするが、各々ゆったりとグラスを傾けている。
まるで隠れ家的バー。
目の前に、悠然と泳ぐは銀のアロワナ。
何も無い水槽の中で揺らめくように滔滔と。
なめらかに光を映す様は水底を思わせる。
隣に君の体温を感じて酒の味などわからなかった。
低い耳馴染みの良い声を聴いて脳内まで満たされていく感覚に酔いしれて。
そのまま沈んでしまいそうになる。
席を立った君の腕が肩に触れ、痺れるような響きが全身を侵食していく。
激しく強く打ち付ける胸の音が煩い。
体中が沸騰したように熱くて、戻ってきた君が大丈夫か?と尋ねる。
早鐘の様に鳴り続ける心音が聴こえてしまわないように祈って顔を合わせた。
「・・・ああ、ちょっと酔いが廻ったみたいやな」
めずらしいな、と言いながら微笑う笑顔が眩しくて慌てて席を立って店を後にする。
地上に出るまでの階段で思わず振付いてしまって、
後ろから支えてくれた君の腕を痛いくらいに感じて世界が煌いた。
しっかりしろよ、とからかう様に言われても声が掠れて返事も出来ない。
「・・・なあ、この後。どないする?」
この瞬間が一番緊張する。
私はうまく言葉を紡げただろうか。
声は震えたりしなかっただろうか。
表情はこわばっていなかっただろうか。
あくまでも「さり気ない振り」をしていたい私の思惑通り、キミは簡単に応えをくれた。
ああ、帰るのも面倒だから泊めてくれ。その一言にその場で踊りだしそうな位心が震えて、それを隠すのに必死だった。
まだこのままで漂うように、君の声を聴いていられる。
表通りに出て車を拾うと、先に乗り込んだ君はなぜか奥へ行かずに少し手前で止まった。
少し躊躇するが、そのまま隣に乗り込むと思いの他近くに君が居る。
車が揺れる度に触れる肩が、熱い。
その呼吸すら聴こえる距離に眩暈がする。
不意に君の大きな掌が私の肩を抱き、心臓が止まるかと思った。
いいから凭れてろ、この酔っ払い。その囁きはどんな言葉より熱い。
肩に頬を乗せ、揺れに身を任せる。
回されたまま、腰の辺りをそっと抱く君の掌が嬉しい。
甘い煙草の匂いが鼻腔を擽り、逞しい肩口にそっと頬摺りをした。
酔っているふりをして。
もう少し、このままで。
このままで居たい。
瞳を閉じて君を想う。
今、世界の全てが君で満たされる。
Author by emi