嫉妬して欲しいんだ







モダンジャズが流れる店内は、落とされた照明が洗練された大人の雰囲気を醸し出していて、 宵の口を廻った頃には灯りに群がる様に仕事を終え寛ぎと癒しのひと時を求めた大人で溢れていた。


「っと・・・」

此処へ着てからはすでに小一時間ほどが経過しており、背の高いスツールから降りたときには少し足元が覚束無いくらいには呑んでいたらしい。 舌触りのよいジンベースのカクテルは、その呑みやすさに似つかわしくないアルコール度合いなのだ。

目ざとく眉根を寄せた有栖には大げさに肩を竦めて見せると言葉ではなく苦笑で返された。


洗面室で手を洗い再び店内へ戻ると、カウンターあたりで再びよろめく。


疲れが堪っていたから酔いが廻るのが早いのだろう、とか。なにぶん、歳なもので早いペースに身体がついていかないのだ、とか。言い訳はいくらでもある。

「・・・失礼」
「・・・いえ」


よろめいた身体を支えるように附いた掌が、ちょうどカウンターで飲んでいた 女性の肩に幽かに触れたらしい。アルコールのおかげで上機嫌なオレは彼女に微笑みかけてお詫びをすると、予想通り笑顔につられて女性の口が素早く動いた。

「・・・あの、よかったら、一杯だけ、ごいっしょしません?」

なんて、簡単なのだろうか。

・・・だから、面倒なんだ。

「ええ、よろこんで」


席で待つ有栖に目配せをして断ると、一瞬不思議そうにしたものの黙って頷いたのを確認して彼女の隣へ腰をおろす。

さて、此処からが腕の見せ所だ。


流石にいい大人の女だ。差し障るわけでもなし、踏み込んでくるわけでもない。ほどほどに談笑をし、一杯はご馳走するから、と言って乾杯をした。

彼女の頬が赤いのは照明やアルコールのせいだけではあるまい。少しはすに構えた姿勢は彼女からも、有栖からもよくみえるはずだ。 お断りをしてから、煙草に火を灯すと後ろから痛いくらい感じる視線が潮時を知らせていた。

最後の一口を飲み干すと、よい夜をと残して席をたつ。

微笑みは浮かべたままで有栖の前に戻ると、其処に居たのは・・・。


いつもと変わらぬ、有栖だった。
微笑すら浮かべた―。

少し、思惑が外れたか?


「店、でよっか?」
「・・・ああ」


外れていなかったか?


暫く外の風にあたって酔いを醒ましながら歩く。
髪を遊ばせている有栖はどうやらマンションへと向かっているらしく、仄かに高潮した頬を緩ませては鼻歌交じりに笑う。その姿は機嫌がいい様にも見える。


・・・外したか?


「有栖・・・」

「んぁ?なんや、火村〜?」


少し前を行く有栖は振り向く事無く間延びした物言いで返事をする。
その表情はうかがい知ることは出来ないが、声色は決して不機嫌そうではない。

「・・・いや、何か買っていくか?」

呑んだ次の日、有栖は必ずといっていいほどヨーグルトを食べる。 呆れるくらい立派な冷蔵庫はすでに調味料入れと化しているので火村が用意するでもなければ、食材といえるものは入っていないことが常だ。 それでも、プリンやヨーグルトといったコンビにでも手に入るものは大抵ストックがある。のだが、呑んだ次の日に限って冷蔵庫は空ということが多いのだ。

まあ、そんなものだろう。
必要なものは必要なときにこそ、手に入りにくい。

「別に、オレはええよ。なん?火村、なんか欲しいもんがあるんか?」
「有栖がいいなら、寄る必要は無いな。煙草、まだあるだろ?」

「あっるよ〜」


どうも、機嫌はいいようだが・・・。
これは少々、いや、かなり予想外だ。



あてが外れたらしいと思案しながら歩いているといつの間にかマンションの前まで来ていた。 そのままエレベーターは不思議なことにご機嫌な有栖と思案顔の火村を載せて上昇を始める。 ほどなく、微かな音と共に到着を知らせ慣れたドアを開けて部屋へ入った。




シャワーを使い、汗を流すとすっかり夜更けだ。
呑んだ後の倦怠感を纏った有栖は、ごろごろとだらしなく横たわり何をするでもなく、それでも何かを言いたそうにじっと此方を見つめている。

「・・・なんだ、有栖?」

「なぁ・・・。キミ、やきもち、焼かれるのってどう思う?」


いたって真面目な表情で聞く有栖の言葉は、火村が思っていたことのほぼ核心を突いていた。 マンションに帰ってからかなりの時間が経っていたこともあり、突発的な質問の意図が読めない。 さて、どうしたものか、と考えていると無言のまま答えない火村を気にする風でもなく、腹ばいで寝転んだ足をふらふらと上げて有栖はさらり、と言い放った。

「やきもち、焼いて欲しかったんか?」
「っ・・・、有栖・・・」


手にした缶の中身を噴出さなかったことをほめて欲しい。
ぼやっとしているようで、有栖はいきなり核心を附いて発言をするときがある。
それが、もっとも、効果的だ、と知っているのだろうか。

いや、そこまで考えてはいないように思える。
いつだって、有栖は思ったことを素直に口に出している気配がするからだ。
これで全てが作為的であったなら、それはそれで凄いかもしれない。


答えようが無くて、最大の防御とばかりに黙ったままの火村に視線を戻すと、有栖はそれで全てを悟ったのだろうか。
・・・いや、予想が的中したと確信しただけだろうが。

「火村・・・、キミ、ヤキモチ焼かせたかったら・・・」

ああ、見つめる有栖の瞳がきらきらとして見えるよ。病気かもしれん。・・・そう見えてしまう俺の目が。

「なぁ?相当、がまん、しなあかんよ?」
「・・・がまんって、何の話だ有栖?」


ふふ、と嬉しそうに笑う有栖は立ち上がると、呆けて立ったままの俺に近づくとそっと指を伸ばし頬に触れる。輪郭を沿うように動く、有栖の細い指が優しくて。
キラキラと煌いて見える瞳があまりにもオレを見つめてくるから。

ああ、吸い込まれてしまいそうだと思った。
酔いとは違う、心地よい眩暈がする。

「知らんかもしれんけど、な。火村、オレのこと、めっちゃ好きやろう?全身でいっつも そう叫んでくれてるんよ。オレを見る目も、触る掌も。それこそ、呆れるくらいなぁ」

ほっそりとした腕が首に絡みつき、思わず、腰を抱き寄せていた。
近くなる、距離。
隙間無く埋まった、二人の躰。

「だから、嫉妬しようが無いねん。やって、君。オレのこと、自分よりも大切にしてくれるんやもん」

だから。そんな隙間なんて、ないんよ。

笑う有栖はそれでも、嬉しそうに見えて。
ああ、勝てない。そう思った。

「・・・いつも、俺ばっかりが有栖に夢中みたいだな」

思惑が外れたのと、気恥ずかしいのとで悔し紛れに呟いた言葉さえ、有栖は難なく受け止めてしまう。

「そんなこと、無いよ?オレかて君がいいひんかったらおかしくなってしまうよ」

驚いたような、不安そうな有栖の表情に堪らなく愛おしさが込み上げてきて、腰に回した腕で強く抱きしめる。


「だから・・・。キミが不安になることなんて、ひとつも無いねん。そうやろ?」

ああ、そうだな、有栖。
それでも、偶にはヤキモチくらい、焼いて見せて欲しいんだ。
オレは女々しいか?そうかもな。

仕方ないだろう?
それだけ、お前に夢中ってことなんだから。









Author by emi