優しさの魔法





学内には学食がある。

もちろん、他にもカフェがあったり、学外に定食屋があったりと昼食には事欠かないのだが、大方の学生は早くて安い学食を選んでいる事が多い。・・・特に男子は。
アリス然り。
今日は、うどんの気分。

2限目は空き時間で図書館によってから少し早めに学食にくると、それでもなかなかの賑わいを見せている。午後から学校に来る連中が少し早めに来てたむろしているのだろう。

食券を販売機で買うと汁物のブースへ向かいおばちゃんに渡すと ほどなくトレーに椀が載せられて、それに箸と七味を貰って席を探す。

それなりににぎわって居ようと一人分の席ならすぐに見つかる。 適当に座ると恐ろしくシンプルな手元の椀に箸を付けようとした、時。

後ろから声を掛けられた。

「なあ、法学の有栖川有栖ってあんた?ちょっと聞きたいことがあんねんけど」
「・・・なに?」


少々ぶっきらぼうに答えた。いつもなら大概は丁寧な受け答えを心がけているのだが、タイミングが悪い。今まさにうどんに手をつけようかという処なのだ。下手をしたらのびてしまう。


「自分、火村君と仲ええのやろ?ケー番、教えてくれる?」
「は?」


自信満々に問いかける彼女は、はっきりとした顔立ちで今流行の長い髪をくるくると綺麗にカールさせて目許には濃い色のシャドウをさしている。まあ、美人の部類に入るだろう。
大きく開いた胸元からはこれ見よがしに強調された谷間。

だから、どうした。
そもそも、君が誰なのか知らない。


「・・・火村に聞いたら?」
「そんなん、恥ずかしくて出来るわけないやん!な、教えてくれるやろ?」


彼女には連れが居る。同じような派手な感じのその友達を見て聞いてみた。


「なあ、君。この子の友達?」
「え?・・・そうやけど、何?」

「君といっしょに居る髪の長い女の子のこと、気になってるヤツが居んねん。彼女のケー番、教えてくれるかな?」
「えっ・・・。そんなん、出来へん・・・・」
「あ・・・」


思わず答えてしまった彼女に、髪の長い女の子がなにやら呟いた。

「ま、そういうことやから。諦めてな?」


なるべく笑顔を浮かべて言ったつもりだが、果たしてどうだかは分からない。
それでも尚、食い下がろうとする彼女達になんと言ったらいいのかを逡巡していると、くるくると巻いた髪の後ろに黒い影が見えた。

「っていうか、うぜぇよ、お前ら。アリス、こんなやつらと話なんてしなくていい。無視しろ」
「・・・火村」

食い下がる彼女達は手にトレーを持った火村の登場に色めき立つも、そのあまりに邪険な物言いに怒りをあらわにしている。たぶん、控えめ、に。


「いやや、火村くん・・・。そんなん、よういわんと。なあ、うちらもいっしょにお昼、食べてもええ?」

なるほど。恥ずかしくて聞けない、ね。どうやら転んでもタダでは起きない性格らしい。
逞しいことで何よりだ。

しなを作ってお願いをする彼女達は揃いも揃って前かがみになっている。そんな二人を冷たく一瞥した後、俺に目線をくれるとにやり、と笑った。あ、良くない顔しとる・・・。

「いい・・・・、」
「えっ?ほんま?」

「わけ。ねえだろ。馬鹿は嫌いだ。女も嫌いだな。馬鹿な女は反吐が出るほど、嫌い」
「な、なんやて?」

「人の食事中に遠慮もしないで話しかけるような、無知な馬鹿は金輪際、近寄るな」

今度こそ、怒りを顕わにすると髪を振り乱しながら去っていく。ふん、と鼻であしらった火村はトレーを置きながら隣に腰をおろした。今日のメニューは同じうどんらしい。

同じ・・・。

ふと手元の椀を見ると、見事に伸びきった乳白色の麺。汁の水位が下がっているからその麺はさぞかし味が染みていることだろう。

ああ、ついてない。思わず目を瞑ってしまった。
目を開けたら、元に戻っていればいいのに・・・。
などと、ぐにもつかないことを考えてしまって笑える。


「あれ・・・?」


元に戻っている。下がっていた水位も、容量の増えた麺も。
隣を見ると火村が麺をすすっているところだ。


・・・汁をすってふやけた麺を。

「って、火村。それ、おれのやん。・・・のびとるやろ?」
「ん・・・?いいんだ。これで結構、うまいんだぜ?」


それに、熱いものは苦手なんだ、と先ほどのやり取りからは打って変わって優しい口調で告げる火村に、有難うと言ってから新しいうどんに箸をのばした。つるっと喉を滑っていく。


何も言わなかった。何も聞かなかった。

今日の法学の教室は暑そうやな、なんて話しながらうどんを食べた。
食べた後、当たり前のように椀を重ね、トレーを重ねて火村が返却口へと持っていく。


慣れた光景。

それでも、この胸のもやもやしたものに慣れない。


水位の下がった伸びたうどん、火村との付き合いは結局10年を越したが、 アレ以来、火村がのびたうどんを口にしているのを見たことは無い。

Author by emi