語らずとも、零れ堕ちる想い




外にはしとしと、と小雨が降り続いている。
夕方だというのに、帰宅する学生の声も散歩する住民の声も。
雨の音は喧騒を吸い込んで取り込んで。

甘い、キャメルの香りと淹れたてのコーヒーの香り。
久しぶりに恋人たちがいっしょにいる週末、
夕陽丘のマンションの一室はページを捲る音で満たされていた。
アリスはふっと、煙草を銜えて専門書を読みふける恋人を見やる。
伏せられた涼やかな目元、通った鼻筋。
顔に懸かる白髪の混じった黒い髪。
飽きるほど顔を合わせてきたはずなのに、見とれてしまう。
いつまでたっても、この気持ちは変わらない。
狂おしいほどキミが好きだ。

こんな気持ちをキミは知らない。
あの、階段教室で出逢った時から、私の心はとっくにキミのものなのに。
キミだけを強く望むよ。
キミがいるから、君と居るから。

何も知らない顔をして私はキミの隣に居る。
キミが見せてはくれない闇も、キミを苦しめるすべてモノを。
それをも、すべてを。包み込んで私にちょうだい。
キミの全てを喰らい尽くすように。

綺麗なキミを、誰よりも気高いキミを。
柔らかく包んでここから逃げられないように縛ってしまおう。
絆という鎖で。

私の全てをあげるよ。

だから。

どうか。

逃げていかないで。

私を。

独りにしないで。

君がいるから。

私はここにいる。

アリスは目線を手元に戻し、新しい小説という世界へと戻っていった。





淹れたてのコーヒー。
すぐに飲めるように、と恋人がミルクを入れてくれた。
火村は煙草を消すと、マグを片手に幻想の世界に浸かっている恋人を見る。
伏せた目元に長い睫の影が、ふっくらとした頬に筋をつける。
髪に懸かる柔らかな茶色の髪。
飽きるほど見つめてきたはずなのに、眺めてしまう。
いつまでたっても、この気持ちは変わらない。
包み込むようにお前を想うよ。

こんな想いをお前は知らない。
あの、階段教室で出逢った時から、俺の心は瞬時にお前のものなのに。
お前だけを強く望むよ。
お前が居るから、お前と居るから。

闇を抱える素振りを見せて俺はお前の中に居る。
お前が与えてくれる光も、お前が見せてくれた全ての色を。
それをも、すべてを。纏めて残さず俺に与えて。
お前の全てを喰らい尽くすように。

綺麗なお前を、誰よりも優しいお前を。
狂おしく掴んでここから逃げられないように縛ってしまおう。
絆という鎖で。

俺の全てをあげよう。

だから。

どうか。

逃げていかないで。

俺を。

独りにしないで。

お前と居るから。

俺はここにいる。


「なあ…」
「あのな…」

「なんだ?」
「なんや?」

「キミから言いや」
「お前から言えよ」

「じゃ、いっしょに」
「せーの…」

「「愛してる」」

それが、それだけが真実。

Author by emi