何処が好き?





「なあ、火村・・・」
「・・・ん〜?」

外は、雨。


しとしと、と降り止む事無く昨夜から続く小雨。

晴れた日には学生で溢れる中庭も、芝生が雨に濡れて人影は無く閑散として普段より広く感じるくらいだ。
昼休みともなれば大勢の生徒で埋め尽くされる前面ガラス張りのテラスは、まだ授業中ということもあり空席が目立っている。

天井の高いホールの大きな窓を滑っていく水滴を見るともなしに眺めながら、頬杖をついたアリスが少し甘えた声で言うのに軽く答えた。


4人がけのテーブルに隣り合うように座っている火村は読んでいた雑誌から目を離すと目線だけを寄越す。

長く伸びて顔に掛かっていた前髪は、先週やっと短くなった。皐月の空には暑かった長めの髪も、短くなったとたんの梅雨寒で涼しげだ。空の色よりも濃いシャツを着てだらしなく前を空けている火村は、下手をすると下町のチンピラ風の格好だったが、醸し出す品のよさから厭味なく決まっている。

気障なヤツ・・・。

若干下から見上げるような体勢で火村を見つめるアリスは小さくため息をつき曇り気味の声を出す。天気のように少し湿った声音で。


「火村、オレのどこが好きなん?」
「・・・は?」


訝しい表情で火村は、今度こそ顔を上げて濡れた瞳で見つめてくるアリスを見た。

いっしょに居るようになってからずいぶん経つ。アリスの突飛な行動にはだいぶ慣れたと思っていたが、どうも違ったらしい。

戸惑いを隠せない火村の様子など気にもせずにアリスは続ける。


「だから・・・・、オレの好きなトコ、言って?そうやね、具体的に3個」
「いや、アリス・・・?」


頬杖をしていた腕を解くと細い腕を交差して腕組みする。普通サイズのロンTを着ているのだろうが、細い肩ではどうしても生地が余る。余って袖が長くなり、手の甲が隠れるくらいの大きさだ。
無論、腕組みをしたところでその手は出ない。半分ほど隠れて、そこから覗く華奢な指が小刻みに動いている。イライラとしているつもり、なのだろうがもじもじしているようにしか見えない。


「答えられんかったら、君とは別れるで・・・?」

絶句というのはこんな状態を言うんだろうな。

あっけに取られた火村をよそに精一杯可愛らしく振舞っているつもりのアリスは心なし か少し機嫌が悪いようだ。ぷっくりとしたくちびるを突き出すような形にして“怒り”を表現しているらしい。白い顔に其処だけ妙に赤くて意識してしまうじゃないか。どうにも、困ったヤツだ。

そんな顔を他の男の前でしてみろ。たちまち喰われてしまうに違いない。


「火村っ」
「・・・・ああ。アリス、先週別れた女にそう言われたのか?」

「ふ〜ん。なんや、わかってしもうたか」
物凄くつまらなそうにアリスは口をとがらせた。
おもしろくない、まったくもっておもしろくないヤツや。



つまり、こうだ。

入学したてのオリエンテーリングでたまたま、隣に座った女と、これまた、たまたま電車でいっしょになって、これまたたまたま同じ駅だったと。それがきっかけで告白をされたアリスはとりあえず友達から、ということでその女と付き合うことになった。一方的に告白をされたのに、一方的に振られたというわけ。
・・・実に2週間という期間のうちに、だ。

火村の回答は正解。実におもしろくなさそうにアリスは再び頬杖をついた。


「どう考えたって無理やろ?友達みたいな付き合いで2週間やで?どこが好きかなんて具体的に言えるわけないやん。そもそも、そっちから言い出してきたんやし・・・」
「・・・まあ、そうだな。でも、女なんてそんなもんだろ?」


そうやけど・・・。と呟くアリスを見て、火村は目を細める。そして背もたれに寄りかかっていた半身を起こして同じように机に肩肘をついた。俄然、目線は近くなる。


「アリス・・・・。お前のいいところ、具体的に言ってやろうか?」
「・・・はぁ?火村に言われたっておもしろくもなんともないわ、あほう」


目線だけでそっぽを向いたアリスに余興だろ、と言って囁く。

「ひとつめ。いつも楽しそうに嬉しそうに笑って俺を見つめるところ・・・」
「・・・へえ、それってオレが四六時中へらへらしとる阿呆みたいやんな」


アリスは視線を合わせない。
構わずに続ける。少しづつ、声色を低くして。

「まあ、いいから聞け。ふたつめ。幸せそうになんでも喜んで喰うところ」
「それじゃ、まるで食いしん坊の欠食童子やないか・・・」


身体を向かい合わせるようにして座る火村は右腕を机についていて、アリスは左腕で頬杖をしている。その、空いている火村の左腕がアリスの髪をすっと掠めてアリスは視線を前に戻した。思いの他、近い位置に火村の顔があって少し驚く、が。ここで動いたら火村の思惑に負ける気がしてそのまま目線を絡める。

掠めた火村の腕はアリスの頬杖している左腕に添えられた。

「みっつめだ、アリス・・・。お前のその瞳が・・・、好きだな」
「・・・・」


とっておきの囁きで告げ、触れているアリスの腕に指を這わせると一瞬止まっていたアリスの 顔が真っ赤に染まる。

それを確認して火村は更に笑みを追加した。

それはもう、たちの悪い微笑みを。


「・・・その、前を見ているのに器用に電柱にぶつかれる特殊な構造の瞳がな」
「なっ、なんやて?」


驚いているのか、やっと火村の言葉の意味を理解したのか、硬直から復活したアリスは どういうことやねん、と触れていた火村の手を払って喚いている。

そんなアリスの隙を突くと耳元に口を寄せてふう、っと息を吹きかける。


「アリス、好きだよ」

おまけの言葉を添えて。すると突然耳を押さえてアリスがばっと立ち上がり なにやら口をぱくぱくとさせて戦慄いている。一度高潮した頬はこれ以上無いくらい 真っ赤に染まって・・・。

その様子をにやにやと見つめる火村に鉄拳が飛んできた。


「あ、あほう〜!!そんな冗談、いらんねん!」
「・・・アリス、顔。真っ赤だな・・・。耳、弱いんだろう・・・?」

少々意地悪く言うと、大きな瞳を更に大きく開いて踵を返すと脱兎のごとく逃げ出した。

「し、しらん!・・・トイレ!」


どこまでも赤くしたアリスが放った鉄拳は控えめに火村を打った。

まあ、甘んじて受けてやるさ。
ぽすっと軽く打たれた肩を擦りながら逃げていくアリスの背中を見つめる。

「・・・冗談か。冗談、ね・・・」

しとしと、と雨は降り続ける。

かちり、とライターで火をつけるとゆっくりと紫煙を吐き出して黒い空を見上げた。
いつか、晴れるだろうか。そんな思いを描きながら立ち昇る煙を目で追いかけながら アリスの荷物を持ち席を立った。


「さて、ご機嫌でも取りに行くかな・・・」

Author by emi