さはり、さはり。
それはまるで。
泳いでいるかのように。
滑らかな感触が気に入って愛用しているシルクリネンのシーツの上を、素足が泳ぐ。
ただただ、感触を楽しむだけ。
他愛もない、戯れだ。
「ふふ…、なんや、起きとったんか、火村…」
少しだけ、掠れたアリスの声に含み笑いをもたせた低いヴァリトンが耳元で答えた。
「お前が足を動かすからだろ…、アリス」
未だ、夜は明けきらない。
遮光カーテンの向こうでは暁光すら訪れてはいない時分。
半分だけ浮上した意識と、抜けきらない気だるさを抱え、二人毛布に包まってまどろむのがアリスは好きだ。
素肌に触れる柔らかいシーツの感触と、
背中に感じる温かい火村の鼓動。
それだけが、今、この瞬間。
アリスの全てだから。
「なぁ、寄せては返すんは、何…?」
「…は?急に何だよ。寄せては、なんだって?」
少しだけ瞠目し、それでも背中からアリスを抱きしめるようにして髪に顔を埋めたままで、火村が呟いた言葉に掌を合わせて続ける。
合わせた素肌から伝わる温もりが、心地よい。
「ええから…、連想ゲーム、や。わかる?寄せては返すんは、なんや?」
「…波」
うす暗い室内でぼんやりとサイドボードの上に置かれたラクダが此方を眺めている。背中に感じる火村のぬくもりが離れて行ってしまうのが嫌で。
手を伸ばさないようにと願った。
「じゃ、感触が無いのに触れている、見えている認識が無いのに確かにあるものは?」
合わせた掌は、ほんの少しだけ火村の方が大きい。
決して無骨なわけではない。
でも線の細いアリスの手に比べると男性的でがっしりとした、それなのに驚くほど器用で、そして、優しい掌がアリスは好きだ。
いつだって、その掌はアリスを攫んだまま。
決して離れることは、無い。
「ああ、空気か…」
暫く逡巡した後、火村が呟く。依然として素足はシーツの上を滑る。絡まっては離れそうになりながらも、温もりを無くしてしまないように、密やかに。背中に感じる確かな熱に、こんなにも心が満たされるなんて君は知っているだろうか。
「最後な。落ちると訪れるもの、は…?」
沈黙の中で、ほんの僅かに動いた指先にアリスは瞼を閉じて答えを待つ。やがて、ゆっくりとした穏やかな口調で答えが返ってくるのに、そっと、手を解き腰をずらして向かい合うと…目の前に。闇よりも深い漆黒の瞳に、憂いを湛えた火村の顔が見えた。暗さに慣れたアリスの瞳にはっきりと映る、深い闇。
「…それは、闇だな」
トーンの落ちた火村の声に、首を傾げて微笑む。
「ちょっと違うかな。確かに、瞼が落ちると視界には闇が広がるけどな、不正解」
普段は整髪料で上がっている髪も、今は額に掛かって落ちている。柔らかで猫っ毛なアリスの髪質とは明らかに違う、黒くてしっかりとした男らしい髪だ。そっと指で撫ぜるように梳くと片目をしかめてくすぐったそうにしている。
「正解は何だ、アリス」
そのまま、額を辿って目元を撫ぜるアリスの指先を咎めることなく、尋ねる火村に囁くように答えた。
「瞼、落としてみ」
んっ、とせがまれるままゆっくりと落ちる瞼に柔らかく温かい口唇が落とされる。
――まるで、闇を拭い去るかのように…。
――其の闇を、拭い去れればいい、願いを込めるように…。
「な?落ちると訪れるもの。それは有りがたい俺様からのキッスや!俺の勝ちやな、火村」
誇らしげに微笑むアリスに、お返しとばかりに熱い口付けを返した。
寄せては返す、まるで波のような口付けに心が確かに満たされていく。
けっしてソレは目に見えるモノでは無い。
掌に攫めるモノでも無い。
それでも、確かに存在している、無くてはならないモノなのだろう。
堕ちて訪れる闇に呑みこまれてしまわないように、いつだって、どんな時にだって温かく柔らかく火村を包み込んでいるのだ。
想いを寄せて、返ってきた想いに、また、想いをのせる。
悠久の時をそうして乗り越えてきた、さざ波のように。
事後の朝。まったりロマンティックを目指したつもり。・・・つもり。
Author by emi