懺悔と後悔の境界


やってしまった。


何が?

もちろん法を犯したわけではないが、やらかしてしまった。

誰が?

完全に自分の不注意で。

しかも、…泥酔状態で。


何を?

おまけに…すでに夜中とは言い難い午前4時、一番忙しい兄に迎えまでさせてしまった。








気まずい雰囲気のまま滝野川署をあとにする。

明け方近いというのに身を挺して自分を引き取りに来てくれた兄に感謝しつつも、忙しく働いている陽一郎の貴重な時間を自分のために無駄にしてしまったことへの反省と、それをさせてしまった事への後悔で光彦はまともに陽一郎の顔を見られないでいた。
無言で先を行く陽一郎におとなしく付いていくと、駐車場に見慣れた愛車が鎮座しているのをみて初めて顔をあげた。


「…兄さんが運転してきたんですか?」

びっくりして思わず口に出してしまったものの、黙ったままで頷いた陽一郎を見てすぐにああと思い当った。
さすがに私用でこんな時間にハイヤーは呼べないよな。

まだ酒と薬の余韻が残っている光彦が戸惑いながらも慣れない助手席に収まると、静かにソアラは駐車場から滑り出した。


相変わらずの無表情と無言のままでステアリングを切る陽一郎の横顔を盗み見る。

兄さんが運転しているの、ずいぶん久しぶりに見たなぁ。

シャープな輪郭が時折、過ぎる車のライトに照らされるのはまるでCMみたいで。光彦は自分のしでかした事を頭の片隅へと追いやってうっとりと見入ってしまった。見慣れないというのもあるかもしれない。未だアルコールの残る思考ではフィルターが掛かり、まともな事など考えられないのかもしれない。

運転席に居る兄がとても新鮮で、否応なく胸の鼓動が高鳴っていってしまうのだ。

きりっと意志の強そうな眉や高い鼻梁、一文字に結ばれた口元。
なんて惚れ惚れするような男前なのだろう、と。
どちらかというと光彦は線の細い優男だが、兄の陽一郎は男らしい男と思う。身長は光彦のほうが高いはずなのに、かもし出す雰囲気のせいか、がっしりとした逞しい体躯の為であろうか、いつだって兄の方が大きく見えるくらいだ。

実際に浅見という家を背負って、日本の警察という重圧を背負っている背中は誰よりも大きくて広くて、頼もしいと思う。

言葉もなく見つめる光彦を知ってか知らずか陽一郎は黙ったまま寝静まった住宅街の路地へとステアリングをきった。



車が飛鳥山付近の外套も疎らな寂しい路地に差し掛かったとき、ふいに陽一郎は路肩に停車した。相変わらず無言のまま、突然と停車した兄の真意がわからずに訝しげにしている光彦は、それでも言葉にして問いかけるだけの勇気も無くて同じように無言のままで兄に向けて視線を送る。


「っぅわっ…!」

苛立ちを隠さないやや性急な仕草で陽一郎は、光彦に推しかかるようにして助手席のシートを倒すと触れそうなくらい近い位置で光彦の瞳を覗き込んだ。

「……!?」

あまりに突飛な兄の行動に戸惑う光彦に、低い声で陽一郎が告げる言葉にどれほど、兄が心配していたか、そして、…怒っているのかが読みとれて光彦は下腹の底の方からぞくりという痺れが湧き上がるのを感じてしまう。
「あまり私を振り回すなよ…?」
「…兄さん…」

そのまま陽一郎は耳元に顔を寄せ、耳朶に吹き込むように囁いて甘噛みする。直接脳髄に触れる様な甘い響きに光彦は背筋を這い上がる、痺れる様な疼きを感じて思わず息を呑んだ。

「連絡を受けたときは息が止まるかと思ったよ…」
「っん…」
ゆっくりと囁くようにしながら陽一郎は光彦の首筋を滑りながら伝っていく。その甘い拘束から無意識に逃れようと身じろぎするが、いつの間にか腕を押さえ付けられて身動きが取れなくなっていた。尚も逃さないといった様に強い力で覆いかぶさる陽一郎の責めに打ち震え、仰け反った首筋を強く吸われて言いようのない甘い痺れがいくつも浮かび上がる。


「兄さん…ごめんなさ、…い…」

残っていた薬のせいなのか、飲みなれぬ深酒のせいなのか、やけに感覚が冴えていて陽一郎のきつめの愛撫にもいつも以上に反応してしまう躰を恨めしく思いながら息も絶え絶えに謝罪の言葉を口にすると、兄は顔を上げて光彦の瞳を覗き込んだ。





口付けを待つように薄く開かれた唇、濡れたように潤んだ黒目がちな瞳、軽い愛撫にも息を上げて応える敏感な光彦に、陽一郎は眩暈さえ覚える。


なんと、無防備で官能的なのだろうか。


いつもより大目の酒のせいで頬はほんのりと色づいて、なんともいえない表情をしている。

この表情を他の誰かに惜しげもなく見せたのか!

陽一郎は考えただけでも、嫉妬心に近い感情が湧き上がって仕方がない。無防備に泥酔し、なんとも扇情的な色香を纏った表情を惜しげもなく晒しただけではなく、薬まで嗅がされ、意識まで飛ばして。


自分の目の届かないところで。
自分の知らない誰かに!


ふつふつと沸いてくる激情を、抑えることなど到底出来そうもない。

改めて湧き上がる狂気にも近い感情を持て余し、少々乱暴気味に光彦の唇を奪う。それでも、先刻の愛撫ですでに身体の熱くなっていた光彦は、素直に唇を開き兄の激しい動きを受け入れる。迷うことなく差し出される舌を絡ませ、強引に吸い上げ、じっとりと歯の裏を舐め上げては、また舌を甘噛みする。

「…っん…ふっ、ぅ…ぁ」


次第に漏れ出す悩ましげな吐息。

妖艶に色づく光彦を貪るようにして陽一郎は弟を蹂躙していく。


自分の存在を知らしめるように。
刻み付けて思い知らせるように。


お前は、私のものだと。
その身を裂いて、魂に刻みつけるように。

佐渡のあの事件から派生です。誰しも嫉妬に身を焦がす陽一郎さんを思い描いて悶々していたに違いないのですっ!いや、そんな事はないでしょうが…、改筆を経ての再アップとなります。

Author by emi