「最近はああいった番組が多いわねぇ」
GWも終盤、やっと天候に恵まれた5日。
浅見家ではいつもより少し遅めで、
いつもとは少し違う朝食の風景が
繰り広げられていた。
そんな折、焼き立てのパンにバターを載せた雪絵が
それは嘆かわしいといった様子で漏らすのに
なんとも言えず、光彦は「はあ」とだけ返した。
雪絵のいうああいった番組とは、
現時点では消えている画面を指しているのではない。
食事の前に眺めていたTV番組の合間に流れた
ドラマのCMを見て思った事を言っているのだ。
ああいった番組、つまりは――。
「実際、こんなに事件ばかりが起きていたら
それこそ日本の警察は大変でしょう。
ねぇ、陽一郎さんがしっかりとなさっているからこそ
日本の治安は守られているのですから
あのようにぽんぽんと事件が起こるのは
そもそもおかしいのですよ」
刑事モノに限らず、探偵が活躍したりする
いわゆる「事件ドラマ」がこのところ非常に
多く放送されている、と嘆いているのだ。
この手の話題になると途端に肩身が狭くなる
光彦にとってはあまり喜ばしいお話では無いのだが
かといって華麗にスル―したらしたらで
矛先が自分へと向かいそうだし、
それこそ、下手な事を言って藪を突くのも賢明ではない。
結果、頷くに留まってしまう。
視線を落としてコーヒーを飲む光彦の
心中を察してかどうか、雪絵はちらりと
視線を送り、これ見よがしの溜息を吐いた。
「そんな風潮だからかしらねぇ。光彦の妙な
癖が直らないのは。助長するみたいで本当に困るわね」
きた―・・・。
案の定、嫌な風が吹き始めるのを内心で大いに焦り、
この後に続くであろうお小言を
いかにダメージを受けず回避するかを目まぐるしく考えていた矢先。
「・・・そういえば、子供たちは出掛けたのか?」
珍しく陽一郎の声が食卓に響いた。
世間一般は連休とはいえ、
昨日まで仕事に追われていた陽一郎も
今日明日だけは休みを確保できたらしく、
光彦がこれまた珍しく朝から起きてきた今朝は
居間でくつろいでいたのだ。
せっかくの休みなんだからもう少し寝ていればいいのに。
そうも思ったけれど、それをしないからこそ
今の役職まで昇っているのだと思うし
朝寝坊をする兄さんというのもなんだかおかしな
ものだと思えるから、やはり自分とは構造というか、
根本的なものが違うのだと思う。
「ええ、お子様たちは奥さまとご一緒にお出かけになられましたよ」
サーブをしていた須美子がにこやかに応えるのに
「そうそう」と雪絵が後を追う。
「なんでも新しく出来たスカイツリーとやらに登るのだと
張りきってましたねぇ。あんなに高いところへ登るだなんて
わたくしはとても考えられないのだけれど、子供たちは
高いところというだけで楽しいと思えるものなのかしらね」
高いところ、を想像したのか、
自分の両の腕を擦り合わせる仕草で恐ろしいと
呟く雪絵に光彦はおおげさに頷いてしまった。
「もっともです。僕が登れるのはせいぜい飛鳥山が
精一杯ですよ。あんなものに登ろうなんて気がしれません」
東京に住んでいながら東京タワーにさえ上ったことが無いのだ。
それよりも遙かに高いタワーだという。
たとえお金を積まれても
昇るだなんてごめんこうむりたい。
「そうよねぇ。この点では光彦と同意見ですよ。
ああ、飛鳥山と言えば、今日は端午の節句でしたね。
柏餅が並んでいるのじゃないかしら。
そうだわ、光彦。あなた珍しく早起きしたのだから
後でおつかいに行って来て頂戴」
「はあ」
その一言で光彦の予定が決まった。
※
ざくざくと砂利が足元で音を奏でる。
芽吹いた新緑が照る陽に輝いて眩しい位で
日向ともなればじんわりと汗ばむほどだ。
「気持ちのいい日になりましたね、兄さん」
朝食の場で飛鳥山までお使いを頼まれた光彦は
晴れ渡った空の下、陽一郎とともに肩を並べて歩いていた。
ああ、と短く返す陽一郎はそれでも柔らかい笑みを
口元に浮かべて同じ歩調で進む。
いつも纏っているスーツ姿とは違う、ラフなポロシャツ姿に
見慣れ無さを感じつつ、ゆっくりと歩く。
こうして連れだって歩くのはとても久しい気がする。
一度、学生の頃だったか。
桜の時期に偶然出くわした事はあっても
家から徒歩で連れだって出掛ける、なんてこと
最近は・・・陽一郎が要職についてからはなおさら
有り得ない事だから。
「お供を付けずに出歩いても大丈夫なんですか?」
毎日、玄関先に出迎えが来るのが当たり前になってから
陽一郎本人が一人で外出することが皆無だったこともあり
酷く不自然な気がしてつい問うてしまったが
本人はどこ吹く風。
「当たり前だろう。よそからみたら草臥れた中高年が歩いている
だけだ。たまには自分の足で歩かないとな」
そう言って笑う兄を少しだけ眩しいと思った。
草臥れた、なんてとても見えないけれど。
真っ直ぐに伸びた背筋はほどよい筋肉に覆われていて
少し細身のポロシャツが綺麗な陰影を付けている。
合わせたスラックスも皺ひとつなく、
歩く足取りはとても軽快で。
髪型こそ普段よりは崩れているモノの、それでも
草臥れたと形容するには程遠い。
なにより。
身に纏う雰囲気が凛々しく、そして雄々しい。
何をどう間違えても草臥れた中高年には見えないよ、兄さん。
惚れた傍目で無くそう思う。
聡明な兄。
さっきだってさり気なく助け舟を出してくれたのだと
光彦はわかっていた。
いくら忙しいからと言って朝から出掛けるのを
陽一郎が把握していないはずはないのだ。
話の雲行きが怪しくなったからこそ
「どうした」なんて言葉を発したのだろう。
そしてごく自然に話題を変えてくれたのだ。
敵わないな。
なにもかも、全て。
今、自分が置かれている立ち位置に満足している
わけでは決してないが、護られているという
温かなこの関係からどうしても抜け出せないのは
子供の頃から与えられ続けて来たモノだからかもしれない。
なにもかも、全てにおいて。
でも、だからこそとも思う。
当たり前に傍にいられる事に
甘んじてはいけないのかもしれない。
それなのに。
どうしたって、望んでしまう。
「・・・来年も」
「え?」
ふと、漏れた陽一郎の声に弾かれたように
光彦は顔を上げる。
そんな様子を好ましく思いながら
陽一郎は改めて言葉を紡いだ。
「来年も、こうして歩けるといいな光彦」
「・・・ええ、兄さん」
自分を見つめる双眸がその優しさが。
少しだけ眩しくて光彦は眼を細める。
未だ、いいのだ。
この人の傍に居て、こうしていられる――
そんな幸せを噛み締めつつ・・・。
お久しぶりもぶりぶり、○年ぶりの書き下ろし(汗)です。リクエスト頂きありがとうございました(*^_^*)久しぶりに陽光を堪能できてとても楽しかったのですvvまたよろしくお願いいたします。
Author by emi