『まことに残念ですが…』〜 不朽の名作への「不採用通知」160通
アンドレ・バーナード編著/中原裕子訳/徳間書店
スウ(2003/11/20)
●編集者もツライよ
「まことに残念ですが、アメリカの読者は中国のことなど一切興味がありません」
これは、ノーベル文学賞を受賞したパール・バック女史の『大地』に対する編集者からの不採用通知です。
こういう今でこそ不朽の名作として名高い本もこんなにあっけなく一蹴されていた、という事例を集めて作った本で、これを断った編集者の歯噛みして悔しがったであろう事が想像出来る大変面白くて、いじわるな本です。と言っても編者のバーナード氏自身がそのくやしがったひとりだったそうなので、最初と最後に相当なフォローを入れているところもほほえましいのですが。
いろいろ説明するより例をあげましょう。
『アンネの日記』アンネ・フランク
この少女は、作品を単なる"好奇心"以上のレベルに高めるための、特別な観察力や感受性 に欠けているように思われます。
『チャタレイ夫人の恋人』D・H・ロレンス
ご自身のためにも、これを発表するのはおやめなさい。
『タイム・マシン』H・G・ウェルズ
…たいして将来性のない、マイナーな作家だ。この作品は、一般読者にはおもしろくなく 、科学的知識のある人にはもの足りない。
『蝿の王』ウィリアム・ゴールディング
文句なしに面白いアイディアなのですが、十分に練り上げられているとは思えません。
『残忍かつ放蕩』ジョン・マスターズ
カレーを食べ過ぎた元大佐のつづったインドの思い出など、掃いて捨てるほどある。
ジョン・アーヴィングは「言葉や形式に何の新鮮味も感じられません」と言われるし、
アガサ・クリスティーは「弊社の傾向にそっているとは申せません」と断られています。
合間に監修の木原武一さんが付け加えている文豪こぼれ話的な挿話も面白く、そこだけ拾い読みするのもオススメです。
たとえば『ピーターラビットのお話』やプルーストの『失われた時を求めて』は、どこの出版社にも受け入れられず最初は自費出版だったとか、スティーブン・キングは「逆ユートピアの出でくるサイエンス・フィクションには興味が ありません。売れないのです」と断られて「オーウェルやスウィフトだって逆ユートピアもので売れたじゃないか」と妻にぼやきながらその草案を引き出しに"埋葬"した…等など 。
読んだことは無いけれど興味深かったのは、トニイ・ヒラーマン『祟り』などで
「どうしてもこの作品に固執するなら、そのインディアンに関したところを全面的に削りなさい」
などと、たぶんそれ削ったらこの本の面白さというかキモの部分が無くなる!というのが伺える"不採用理由"も多かったです。ある意味、ポイントを捉えてるとも言えるでしょう。翻訳ものを沢山読んでいる人ならもっと楽しめる事と思います。
1日に何通も来るであろう見も知らぬ相手のおそらくほとんどが面白くもなんともない文章に接しつつ、"売れる"名作を見出さなくてはならない編集者も辛いわね、と思いました。