乙 一

  1. 『暗いところで待ち合わせ』
  2. 『夏と花火と私の死体』
  3. 『死にぞこないの青』

『暗いところで待ち合わせ』乙 一 /幻冬社文庫

スウ(2003/5/4)
●文章で読んでこそ面白い
題名から、純粋な恋愛小説かと思ったら違った。
警察に追われた若い男(アキヒロ)が、盲目の若い女性(ミチル)の家に隠れ住む。ミチルは男の存在に気づきながらも気づかぬふりをして暮らし――と聞いて、どんな風に説得力をもたせて展開するのかすごく興味をそそられた。

人付き合いが苦手で半ば世捨て人のように自分のカラに閉じこもって生きているふたり。この二人は似た者どうしで実はとっても気が合う二人なんじゃないの、と最初から気づかされる。
こんな二人だからこそ、気づかぬふり、の微妙な関係が成立するのだと納得した。
話は、アキヒロとミチルそれぞれの視点両面から交互に語られ巧みに展開していく。

ことばを交わさないだけに、相手のしぐさや息遣い、空気の動きから伝わるものを捉えようとするわけで、相手がこの瞬間この動作から何を考えているのか息詰まるような思いで想像してしまう。彼(彼女)の視点で語られる場面では、もう一方側から語られる思いを読むのが楽しみでしかたなくなっていた。

ふたりで歩いていたとき、雪が降ってくる場面がすごく雰囲気が良くて好きだった。
目が見えるアキヒロはすぐに雪に気づくが、彼女が手のひらをかざして確かめる、それを見つめるアキヒロの優しいまなざしを感じるところがいい。

二人で存在する事によって孤独の本当の寂しさを知ってしまうという所も良かった。
盲目の人の孤独な生活というのは想像の域を出ないけれど、希望を持つのが怖いのに嫉んでしまう女心は痛いほど解る。アキヒロが会社で孤立していく気持ちや、出社時の鉛のような憂鬱な気持ちも解るような気がするし、いまどきの社会人や学生は共感する人が多いと思う。
下手をすると自閉症的偏執とみなされてしまうかもしれない若者ならではの繊細過ぎる心を、すごく具体的に丁寧に書いているなあと感じた。
「映像化したら面白そう」という話ではなく、心理描写もストーリー展開も、文章で読んでこそ面白いよく出来た小説だと思う。


掲示板より
●バーバまま(2003/05/19)
乙一、初体験ですか 。
わたしも北村薫編『謎のギャラリー こわい部屋』の 「夏と花火とわたしの死体」でぶっ飛びました。腰をぬかしました。 以後、若干、出来の良し悪しはあるにせよ、ほぼ無条件でプッシュしてます。 ご一緒にぶっ飛んでください。はまってください。 彼の未来を買ってください。洗脳返しだ!
ちなみに、(あちこちで自慢してるけど)乙一は我が町在住です。どこが気に入ったのかねえ(苦笑)
作中に出てくる地名、店名、風景など、わたしにはよーーくわかるもんネ!

●スウ
バーバままさん
>ぶっ飛び >腰抜かし
ますか、そうですか。期待大ですね。楽しみ〜。 バーバままさんの乙一のページも以前読みました。
そうそう、とても絶賛してらしたので余計覚えていたみたいです。若いのに大したもんですよね。
まあ本当に才能がある人は若いうちから頭角を現すものでしょうが。
>我が町在住
すごいですね。「メランザーネ」もあるでしたっけ。そういうの発見するとうれしいですよね。
知り合いじゃないのに超親近感わいたりして(笑)
作品とはまた別の楽しみがあって羨ましいです。

●くら(2003/5/21)
『暗い所で待ち合わせ』の感想を拝見しました。
あの作品は、主人公二人の社会から浮いてしまう、馴染めない感じがやけにリアルで、これは実体験に基づいているのかなーと思ったりしました。
その後某番組で乙一氏へのインタビューを見たら、やはり生きるのが難儀そうな方だった(笑)
この作品には結構共感してしまいました。 我が家では人気のある一冊です。
あまり本を読まない我が弟も、「これは良い!」と絶賛しておりましたよ。
ちなみに彼は、『夏と花火と私の死体』を読んで、ミステリは面白いということに気づいたそうです(笑)
そういえば、乙一氏の『GOTH』は本格ミステリ大賞を受賞したそうですね。

●スウ
>社会から浮いてしまう、馴染めない感じがやけにリアル
そうなんですよね〜。想像や取材でああは書けない、という気がします。
感情のこまやかさとストーリーの巧みさが凄い、いやもう凄いとしか・・・(笑)
やはり生きるのが難儀そうな方なんですね(笑)
>『GOTH』は本格ミステリ大賞
たしか結構グロい表現があるものなんですよね?そういうのは割と敬遠してしまう私ですが、
『夏と〜』が面白かったらまた次々読みたくなるかもしれません。

●バーバまま(2003/05/22)
乙一ネタとあらば、何度でも、どっこいしょ(自爆)
>社会から浮いてしまう、馴染めない感じがやけにリアル
彼は福岡高専から豊橋技術科学大学編入。
理系の単科大学のせいか、ここの学生はほとんどが、ネクラ、無関心、不干渉・・・じみーーーーな学生ばかりです。 キャベツ畑の真ん中に夜遅くまでこうこうと白く光っている校舎の景色が好きで、卒業後もこの地に住んでいる。
『失踪HOLIDAY』所収の「しあわせは子猫のかたち」に、そこいらへんを髣髴させる景色の描写があります。
この短編も『暗いところ・・』に通じる味わいがあります。 表題作はいまいち。
>くらさん
テレビで見たんですか? 動く乙一。。。て、動くの当たり前だけど。やぱり、じみーーーでした?
雑誌とか新聞でしか見たことないなあ。地元にいるのに。
って、看板しょって歩いているわけじゃないから(苦笑)
地元新聞のインタビュー記事によると、一人でコツコツ仕事にうちこむ職人が好き。だそうで、そういえば彼の作品も、職人的、と言えるかも。
>『GOTH』
とちゅうゲロゲロシーンがあるけど、そこで引かないで。
全体通しての仕掛けがあるから、最後までいくと、ああ!とわかるようになってます。是非>スウさん

●くら
乙一氏は、以前『週間ブックレビュー』に出演していたので、その時にちらっと見たのです。
普通ーな感じの青年でしたよ。おとなしそうではありましたが。
話している内容などから、この人は義務教育期間中は、結構辛かったのではないかなーとシンパシーを感じてしまいました(苦笑)

●スウ(2003/5/23)
>バーバままさん
>理系の単科大学 >ネクラ、無関心、不干渉・・・じみーー
わはは。分かります分かります。私も学生の頃、理工系大学と文系の大学が二つ近くにあって、
学生の毛色というか雰囲気が全然違っていたのを覚えてます。
乙一は理系頭脳を感じさせる話の組立てと
不器用・繊細を文章にする文系頭脳のバランスが大層なもんだと思います。
もっともこういう分け方をする事自体、理数系苦手者のヒクツ根性かもしれませんが(^^;
>動く乙一
私は動くところはみたことがありませんが、ネット上で写真だけ見た事はあります。
ホントくらさんがおっしゃるとおり、細面の普通な感じの青年でしたね。
人ごみではすっかり紛れてしまいそう。それも発見されないように、の隠れ蓑?<考えすぎ
>『GOTH』
そうですか、ゲロゲロを超えられれば驚嘆の嵐ですか?
うーん。バーバままさんにそう言われるとついうっかり読んでしまいそう(笑)


上記の書き込みは了承を得て掲載しています。バーバままさん・くらさんのサイトへはリンクページから飛べます。

『夏と花火と私の死体』 乙 一 /集英社文庫

スウ(2003/5/28)
●なんじゃあこりゃあ、という感じ
題名どおり、まさに殺されて死体になった「私」が語る話。
それだけではそんなに凄いと思わないけれど、驚くのはその「私」の語り口。
9歳の女の子だというのにこの淡々とした調子はどうだ。殺されたことの恨みや絶望感など微塵も出さずに徹頭徹尾語り部としての調子を崩さない。よくこういう風に書けるもんだと思う。
ありきたりに考えると、途中でどうしても死体処理方法で相談し会う兄妹に対して「そんな事イヤ!」とか訴える気持ちを書きたくなると思うのだけど、それが全くないので読んでいてその辺が一番うすら寒い(怖い)気持ちを起こさせた。

 ―わたしが腐って臭いだす。弥生ちゃんは想像してしまったのだろう、顔をしかめた。

自分が腐るんだから大変悲惨な事態なのだけれど「わたし」は慌てず騒がず、弥生ちゃんの心境を冷静に語る。 ごくたまに出てくる感情的な部分といえば、死体となってだらしなく素足が見られる事を恥らったり、(死体を隠すために)体勢を整えて"くれた"といったり。そういう事ではないではないの、と叫びたくなる。自分を探すお母さんに対しても「―別人のようで辛かった」とだけ。逆に子供だからそんなもんか?とうっかり思わされてしまう。

死体が見つかりそうで見つからない、という場面もなかなかにサスペンスだったけれど、ここでも「殺人被害者」的感情は一切排除される。 もしそういう感情がくどくど並べたてられていたら、この小説は緊張感がガクっと落ちて違う方向の話になってしまうのだろう。

関係無いけど、私は兄と仲良くなかったのでこのお兄ちゃんの優しさはまったくうそ臭いと思っていたら、やっぱり妹想いというより「優しく賢い自分」に酔っているナルシストくんだった。


掲示板より

●バーバまま(2003/5/31)
『夏と花火・・』も最後の1ページがすっごく効いてて、うまいなあ。
乙一作品の主人公たちは社会とうまく関われない若者が多いんだけど、これは、関われないどころか、感情という概念が一般常識とずれてる。
あまりにずれすぎた設定で、妙に納得してしまうんですよね。

●きな
乙一は読んだことがないんです。『夏と花火〜』『死にぞこないの〜』ともに、
一筋縄ではいかない作品という感じですね。

●スウ
>バーバままさん
>関われないどころか、感情という概念が一般常識とずれてる
そうなんですよね!こないだのオフ会でもくらさんと言っていたのですが、
やっぱりあの世間との折り合いのつかなさ加減は、体験者なんだな、と思わせます。

>きなさん
『夏と花火と〜』は、若い女性の口調がちょっと現実的ではない(サブイ)なあと思うところもありましたが、それくらいしか文句の付け所が思い浮かばない感じでした。
でも私としては『暗いところで待ち合わせ』を先に読めて良かったと思います。こっち(暗いところで・・)の方が私は好きです。きなさんもゼヒ〜


『死にぞこないの青』乙 一 /幻冬舎文庫

スウ(2003/6/20)
●先生は神様で何してもいいのか
前半はもう読んでいるのが辛くて、底無しの泥沼にずぶ、ずぶ、ずぶ、と足先からはまり込んでゆく様な絶望感で非常に重苦しい気持ちになった。この先生の悪辣ぶりがすごい。マサオが何をどんなに努力しても、失敗も成功も等しくあげつらう。読んでいるとコメカミのあたりに血が登ってくるのがわかる。あまり真剣に読むと体に悪いような気がして「これは小説なんだ、つくり話なんだ」と自分にたびたび言いきかせながら読んだ。

マサオは内向的でおとなしい小学生。でもちゃんと仲良しの友達もいたし、特別嫌われるような存在でもなかった。それが、新人の男教師が担任になった5年生のはじめ、クラス内でたった一人「えた・ひにん」のような存在にされてしまう。(これをマサオが社会科の時間に習ってショックを受けるところもすごいインパクト)新人教師がクラスの不満をすべてマサオひとりに押し付け、自分の人気と高評価を保つためだった。
そんなある日、マサオの前に皮膚の色が青くて虐待の限りをつくされたような風貌の子ども、「アオ」が現れる。

これをマサオは恐れながらも自分の幻覚として冷静にとらえて語るところがすごい。非常に頭が良くて状況分析力に長けており、読んでいて辛いながらもそのへんにハマり、読み応えを感じた。
小学生の子供にとって先生は「神様」で「絶対に正しい」存在である、というのは意識はしないかもしれないけれど真実だろう。だから先生が「この子はガンだ」と言えばみんな受け入れてしまう。本人さえも、という所がすごく悲しい。
そうして"人は共通の敵がいると仲良くなれる"という認識を新たにさせて更にえぐる。

私もここまでひどくないけれど無視されたり等の経験があるため、よく"いじめられっ子起死回生"という展開の話をみると、正直言って「こんなに安易に形勢逆転するかしらん」と鼻白む気持ちが出る。でもこの小説は珍しくそんな違和感は全く無く、終わり方はさわやかでほっとした。
あまり考えたくはないが、ある程度「経験者なんだな」と思わせるリアリティがすごかった。最後までハラハラドキドキで引き込まれて一気に読んでしまった。


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