たまたま最近、自分を探す小説を多く読む機会がありました。今回は、ミステリーの中に出てくる自己探求について書きたいと思います。
■自分を探す物語
『奇跡の人』真保裕一著(新潮文庫)は、交通事故で以前の記憶を一切失った主人公が、消えた自身の過去を探す物語です。事故に遭って8年間ずっと病院で過ごし、やっと昔の友人たちに会っても、昔を語り合うことも思い出を分かち合うこともできない。さらに、昔の恋人には会ってもらうことができない。主人公は、それでも自分の過去を知りたいと強く思います。衝撃的な真実と予想外の結末で、印象深い本です。
『失われた自画像』シャーロット・ヴェイル・アレン著/細郷妙子(MIRA文庫)は、母だと思っていた女性が「わたしはあなたを誘拐して育てた」と言い残して亡くなったことから始まります。主人公の女性は自分の出自はもちろん、母親を名乗っていた女性が一体誰だったのかを探すことになります。何かを探り当てるたびに次の探すものが出てきて、母親の謎も深まり、どんどん続きが読みたくなる物語でした。
こうした自分を探す物語は、普通に生きていればまずありえない状況で始まりますが、なぜかとても真剣になって引き込まれてしまいます。自分という人間の謎を解く物語としてのおもしろさとともに、人には自己追求の欲求が強くあるのではないかと、ふと思いました。
■自分を隠す物語
一方、『失われた自画像』の母親のように自分を偽り、隠す物語も興味深く感じました。『蒼穹のかなたへ』ロバート・ゴダード著/加地美知子訳(文春文庫)は、失踪した女性を探す主人公の物語で、その過程もおもしろく、とても引き込まれました。その一方で、背後にいる男性の正体に印象が残りました。
自分を偽って生き、正体が明かされるとどんなことでもしようとする、そのおそろしさを感じました。
それが哀しく感じられるのは、『火車』宮部みゆき著(新潮文庫)です。まるで地獄へ亡者を運ぶという火の車に乗り込んでいるかのような人生。一人の女性を追ううちに、主人公の刑事は、彼女がなぜ別人になりかわって生きなければならなかったかに突き当たってそう考えるのです。別人を騙っていた女性の正体が明らかになる過程が緻密で、続きが知りたくてたまらなくなる物語です。また、カード破産という社会の暗部についてもいろいろ知ることができて、考えさせられました。
自分を探すことと自分を隠そうとすること。非日常的なお話でも、本の中では真剣に読んで主人公と一緒に追いかけたくなるのはなぜなのかと思います。どちらも、「本当の自分」を自分のものにしたいという気持ちが切実に感じられる気がしました。