『アラビアの夜の種族』 古川日出男/角川書店

スウ (2003.1.25)
●ノリノリの大仰さがステキ
人の生死や運命をも左右する「謎の本」が出てくる話では、恩田陸『三月は深き紅の淵を』や、よしもとばなな『N.P』を思い出したけれど、これは国の存亡を左右する本、というのだから大きく出たもんだ!とワクワクした。(しかもターゲットはナポレオンだ)
豪華な装丁も、重くても上下巻に分けなかったのも、この「物語」の為のこだわりという感じがした。この物語の中に入り込んで、モノとしての一冊の本と向き合うことを迫っているような。

語り部ズームルットが甘い蜜の舌で言うこの場面が本当にゾクゾクした。
「聴きたい者のまえには いずれにせよ、私は姿を見せるのです」
「あなたが?」
「物語が」


それにしても!蛇のジンニーアはなんでこんな変なことば使いなのだろう?
邪神としての威厳もなにもありゃしない。爆笑したからいいけどさ。
「こりゃアーダム」とか、
「―とうとう、そのちんぽこに授けることができるわ。さあ寝ましょう!」って!
いよいよ契るというときなんて、爆笑悶絶した。
「ああ、もったいないことでござります!」
「いえ、どういたしまして」
・・・
それまでのシリアスで神秘的な話のイメージが一挙に崩れ去った。(でも後でこの口調で良かったのだ、と納得してしまったけれど。)

"分析不可能な美しさ"の青年アイユーブ、世にも醜く全てを呪うアーダム、銀色とも言える色素欠乏の美青年ファラー、出生の悲惨さにしては陽性の性格と美しさを持つ青年サフィアーン、そしてその誰もが類い稀無き容貌を利用し、謀(はかりごと)をめぐらす所が見物。言葉の限りをつくしたそれぞれの美醜の描写も驚嘆した。
アーダムよりファラー、ファラーよりサフィアーンの話の方が私には面白く、これは一級のエンターテイメント作品なのだなあと思った。
その語り口も、話が佳境になるにつれてどんどんノリノリの大仰になってゆくし、それがまた面白くて漫画的な感じもして楽しかった。ちょっと『王家の紋章』のノリにちかい、と思った。

掲示板「アラビアの夜の種族』談義〜

2003/01/27
●くら
感想、拝見しました〜。
これぞ物語!的な「語り」の魅力がある小説なんでしょうか。

●スウ
そうなんですよ。最初はちょっとクドく感じていたんですが「語り」だからこその文体なんだなと。冷静に起きたことだけ解説してたんじゃ盛り上がらない、という感じで。もちろん内容が面白くなきゃダメなんですが、真剣にのめり込むというより次はどうしてくれる?のワクワク感が楽しかったです。

●きな
うんうん そうそう!と拝見しました。『王家の紋章』(笑)、でも分かります。

あの・・・古川さんの本、2冊読んだところで気がつきました。
この方の紡ぎだす物語世界にはとても惹かれるんです。でも・・文体はかなり苦手なタイプで。
気取った言い回しが「あちゃ〜」な言葉ひとつで壊されてしまうことが多くて。←気難しいヤツめ>自分
『アビシニアン』は逆に「もう少し素直な言葉で書いてくれないものか」って・・・うわぁ!言ってしまった!す、すみません。
でも、繰り返しますけど、彼の物語世界は発想も展開の仕方も、とても好きなんですよ。。。
ああ。なんだか犬に恋をしてしまった猫のようなキモチ(??)

●スウ
>気取った言い回しが「あちゃ〜」な言葉ひとつで壊されて
ああ良かった。やっぱりそう思っていたのは私だけじゃ無かったのですね。
でも、私も >彼の物語世界は発想も展開の仕方
は本当に面白いし凄い!と思います。「物語使い」という感じがすごくします。

●あるぷ
>犬に恋をしてしまった猫のようなキモチ(??)
はは。そうですね。お気持ちは大体わかります。
私は文庫になった『13』しか読んでおりませぬが
読みながら「三島か石川淳か澁澤龍彦(『犬狼都市』の)文体で読みたい!それかいっそのこと中島らもちゃんで(笑)」と時々悶えておりましたゆえ。
アイディアはなかなかだし、色彩的・感覚的な文章の迷宮(あるいは万華鏡)を創造しようという意図は十分伝わってきます。全体的にかなり成功してはいるのですが、肝心のところで「??」な言い回しが…
その作家が何読んで育ったか、という問題になってしまうのかなあ。それとも私の懐古趣味?

●スウ
>色彩的・感覚的な文章の迷宮(あるいは万華鏡)を創造しようという
そうですね〜。なんて上手いことをおっしゃるのでしょう。その通りだと思います。>肝心のところで「??」な言い回し は、他の作品でもそうなんですね。『アラビア〜』は、概ね”昔話を語り部が語る”設定なので大仰な言い回しも演出として面白く読めました。でも他の設定ではどうなんだろう…。

2003/01/28
●風太
『アラビアの夜の種族』感想拝見しました。
ずっと興味はあったんですが、積読本の山を横目で眺める毎日なのでまだ挑戦する気にならないでいました。
でもやっぱりおもしろそう。わくわくできそう。

●スウ
話が進むほどぐりんぐりんしてきて話の風呂敷がどんどん広がって行きます。全然予想どおりになりませんでした(笑)
ただ、あまり期待感を込めすぎて読むより、気楽に楽しむつもりで読み始めたほうが良いように思いました。(私は)

●八方美人男
物語そのものへの発想や展開などには惹かれるけど、その大仰な言い回しにちょっと戸惑い――という感想がなかなか多いみたいですね。

私のほうはついさっき『アビシニアン』のほうを読み終えましたが、古川さんは間違いなく、「文字」によって固定されることのない「変容する物語」というテーマを根幹に持っているのだと感じました。
意図的に難しい表現を用いているのも、「文字」による表現でその意味が固定されてしまうことへの叛逆、という意思があるのだろう、と思います。もっとも、その試みが必ずしも成功しているわけではない、というのは『アビシニアン』を読んで私も感じたところです。
『アラビアの夜の種族』は、あらかじめ「The Arabian Nightbreeds」の「日本語訳」であるとし、「翻訳がこの世界の雰囲気を壊していなければいいが」と前振りまでおこなっている。こうしたお膳立ての上に成立した物語だからこそ、違和感のある表現も逆に物語の雰囲気として昇華されている、と個人的に思っているのですが・・・。
『アラビア〜』以外の作品は、どれも現代が舞台なので、その分違和感が目立ってしまうのかもしれません。

2003/1/29
●スウ
私も大仰な言い回しは良かったのです。むしろ好きなのです。
繰り返し言葉をつなぐところとか、語りだからこその雰囲気!と凄く好きでした。
>逆に物語の雰囲気として昇華されている
とも、思っていたのですよ。
その中で急に「言ったんだってば!」などと言ったりしていたのでそれが「オヤ?」と戸惑い、まあ後は慣れちゃったんですけど。

「日本語訳」とした件は、最後までそう思って読むのと、ギミックだと分っていて読むのでは面白さが違ってきたような気もして、知らなければ良かったという気がしないでもないです。その意味で著者の意図は当たっているし上手いなあと思います。

『アビシニアン』も読んでみたいですね。猫顔の表紙を見てしまったので…うずうず
アラビア〜の文体は、設定からしてあれで良かったと私も思っています。

●きな
私も・・・。大仰な言い回しは好きです。
ですので むしろ、もっと徹底して欲しかったなぁ・・・と。
「日本語訳」としたことでは、どこまでも「そういうこと」にしておいてくれればよかったのにぃ!と(笑)
本の中ではそうなっていますけど、(八方さんに教えていただいた)インタビューでは思いのほかアッサリと・・・でしたものね。
荒俣宏あたりと共謀して、「原典」を見せてくれたら面白かったのに、なんて。←猫のジンキーナ笑

>「文字」によって固定されることのない「変容する物語」というテーマを根幹に持っているのだと感じました。
これは私もそう思いました。2作しか読んでないのですけど。
しかも、それを「文字」によって現そうとしている・・・掛け値なしに素晴らしい挑戦だと思います。
同時に、どれほど困難な挑戦だろう、とも。
もしかして、形態としてはまんがの方が??

古川さんのテーマの中には、「私たちはどこから来てどこへ行くのだろう」というのもあるように思えます。
「私の居場所はどこにあるのか」とかも。それでまんがを連想したのかもしれません、私。
これ、正しく70年代後半から80年代の、少女まんがが最も面白かった頃のテーマのひとつなんです。
大島弓子とか、萩尾望都とか。私はこの二人から今でも離れられないので、ついそう思ってしまうのかもしれないけれど。

●スウ
>「文字」によって固定されることのない「変容する物語」
それがテーマかどうか気づきませんでしたが、そこがまた面白いところだなあと思って読んでいました。そういう風に書くのを楽しんでいるのが伝わってきて。挑戦、でしたか。なるほど。




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