凄技

 超絶 凄(すご)ワザ!「真球頂上決戦〜日本VSドイツ〜」というテレビ番組を見た。仰々しい番組名が目について、内容は私の経歴に近いところだったので興味津々だった。
「凄ワザ初!世界頂上決戦。競うのは、完全にまん丸な「真球」作りだ。真球とは、一切のゆがみが無い完全なる球体のこと。もし実現すれば、エンジンや発電機械のエネルギー効率が飛躍的にアップ。今回、ドイツから世界屈指の巨大企業が参戦。最新シミュレーション技術とハイテク加工で挑む。対する日本代表は“神の手”と称される職人兄弟。なんと手作業でナノレベルの精度を持つ球体を削り出す。夢の真球作り…勝つのはどっちだ!?」というわけだ。

 日本側の光学メーカーは、クリアセラムと石英を高精度な立方体に加工した後は、2人の職人兄弟が各々手作業で球体に仕上げていた。一方ドイツのベアリングメーカーはM50といわれる高級軸受鋼材をベアリングボールの工程で製作して、特に精度が良いものを採用するという。当然精密ボール用の製造工程だ。
 そして50mmに製作された球体を幅75mm長さ30mの定盤上を転がして、途中で落下することなく30m先にたどり着けるかという勝負だ。

 光学メーカー側は手作業の磨きだが、計測設備が素晴らしかった。球を回転させてレーザーで真球度を測定する。高精度な球を回転させるスピンドルは更なる高精度が要求されるが限界がある。 軸受は静圧軸受が使用されているだろうし、軸も半端でない精度に加工されているだろう。その上で設備の誤差を補正するソフトウェアが組み込まれているのだろう。
 一方、ベアリングメーカーのボールを磨くラップ盤のスピンドルにも同様に、軸受は静圧軸受が使用されているだろうし、軸も半端でない精度に加工されているだろう。但し、前者は空気静圧で後者は油静圧だろう。
 私も空気・油各々の静圧軸受を使ったスピンドルを設計したことがある。静圧軸受に深い知見があるわけではないが、精密機械メーカーは自社の威信にかけて静圧軸受の技術を蓄積している。
 自重による重心の変化が気になる。クリアセラムではヤング率は90GPa、比重は2.55だ。M50は不明だが軸受鋼のデータとしてヤング率は207GPa、比重は7.8だ。自重による変形し易さを知るために、ヤング率を比重で割ると各々35.3、26.5と算出された。これはクリアセラムより軸受鋼の方が変形しやすいと言う事だ。
更に軸受鋼は焼入れ後にラップ工程がある。ラップの条件設定は長年の蓄積によるものだから、今回は耐久性が不要だからと、簡単に焼入れを止めるわけにはわけにはいかない。一方、焼入れは細心の注意を払っても質量効果で不均一は避けられない。
 映像にはなかったが多分、最終的に焼入れなしでのラップに挑戦したのではないだろうか。

 ドイツメーカーのシミュレーション技術には驚いた。球体を製作後に計測データに基づいてシミュレーションを行い、0.1mmの重心ずれが原因で数メートルで落下することを把握して対策を練っていた。果して結果まで予測できていただろうか。
 球体を転がす定盤の精度も気になる。アルティメットパラレルバー極と紹介されていた。どれほどの物か気になるが完全な平面と水平を有すると仮定するしかない。

 勝負に水を差したのは、これらの中で最も凄くない部分だった。定盤の端に球体をスタートさせる為に、V溝の傾斜があって、エアシリンダでストッパを上下させている構造だ。エアシリンダを固定する構造が甘くて、試運転を行ううちにエアシリンダ本体が歩きだし、本番では球体を挟み込んだだけでなく、反動で後ろ側に弾き出してしまった。床に落ちた球体は傷がついた。
 数週間の延期の後に勝負が再開された。傷の修正で更に精度を上げた日本側と待たされたドイツ側、勝負に影響しただろうか。
 エアシリンダの固定だが、素人の設計としか考えられない。「設計を舐めたらいかんぜよ」と、どこかに向かって言ってやりたい。

 結果はNHKオンデマンドででも視ていただければいいが、各々2球づつ試されて1球のみが30m先まで行くことができた。皆素晴らしい性能と思うが、幅75mmというのが勝負の綾だった。もし、幅100mmだったらすべてが30m先まで到達で来て番組の面白さは半減しただろう。どんな経緯でこの幅に決定されたのか興味深い。
 しかし、精密計測器で計測した真球度は各々どれほどで、どちらが上だったのだろうか。ベアリング用のセラミック球だったらどうなんだろうか等と、興味は尽きない。 (2015/5/1)


閉じる  Home