製図講義

 この秋、2年向け基礎製図講義の手伝いを頼まれた。先生が交代したのを機に実務経験がある私が参加する事になった。

 設計製図は大学の機械教育の中では特異な存在である。本学でも学科HPのトップにも出てくる通りで、機械工学のシンボルのような存在であり、必修科目である。
しかし設計製図は実務であり、学位論文につながるような研究の対象となりにくいからだろうか、豊富な実務経験があり設計製図を専門とする教員は、大抵の大学にはいないと聞いている。 知人で、非常勤で母校に設計製図の講義に行っている人がいたが、彼は設計には近い位置にいたが研究職だった。なかなか設計製図に精通した人材が得られないようだ。実務経験が質の良い設計製図教育に直結するとは限らないが、自信を持って教える裏付けになるだろう。

 本学レベルの学生が製造業に就職した場合、機械製図とどのように向き合うのだろうか。製図やモデリングの専門家になる事はまずないだろが、設計職に就くなら図面を検図する立場になるだろうし、新人の時は製図やモデリングを専門に行なう期間もあるだろう。製図は企業各々の社内規格に則って行なうケースが殆どだ。だから学生達が生まれる前に廃止されたルールがまだ通用している事も多い。最新JISの製図ルールを知っていても役に立たない事があるし、古いJISを知らないために図面を理解できないケースもある。
先日、学生から「この▽は何ですか?」と聞かれた。仕上げ記号の事だが、これに代わる「表面性状の図示方法」が制定されたのが1982年である。しかし簡便なので、この図面指示で問題が無い企業では使われ続けると思う。
 一方研究職に就くなら研究に必要な機材を自分で設計して製図する事はあると思う。研究の部署では独自の製図ルールが整備されている可能性は低いから、その時は学校で習った事を思い出さざるを得ないだろう。
 設計職研究職、どちらかといえば研究職に就く方が多いだろう。

 講義資料作成の機会に機械製図関係のJISを調べ直してみたのだが、最近はISOと整合性を持たせるための改訂がよく行なわれていて、×を使用する事が多くなった。「JIS B 0001 機械製図」で、複数の穴の記載方法だが、昔は「数量−寸法」だったのに「数量×寸法」に変更された。又「JIS B 0002 ねじ製図」では、ねじ穴やその下穴の深さを記載するのに従来は「呼び深さ数値」だったのが「呼び×数値」になった。一方キリ穴や座ぐりは後で改訂されたにもかかわらず、「深さ」で表記するままだ。JIS規格内で整合性に疑問がある。こう書くと「深さ」が残っている事を問題にしているようになるが、実は気持ちは反対で、図面が分かりやすくなるためには日本語表記はもっと残すべきと感じている。

 講義資料はJIS規格製図を総花的に並べるのではなく、私が歩んできた分野で使用頻度が高いものをまとめた。又学生達が社会に出てから戸惑わないように、ここ30年位のJISの変更も盛り込んだ。本学には数十年前のJISハンドブックも保管されていて変遷がよく分かった。
 以前、ある専門家から大学では「はめあい」を理解させる事を目途に講義されていると聞いた事がある。
幾何公差や最大実体公差方式を使用するしないは、業界によって異なる様だ。実は私自身、これらの存在を知ったのは学校を卒業してずっと後だった。規格化されたのは幾何公差が1974年、最大実体公差方式は1984年だが、知る機会が無ければそのままになってしまうだろう。
しかしこれらは設計意図を表す為の重要なルールだし、最大実体公差方式を採用する事で、加工公差を倍に広げて、劇的な経済効果を得ている企業が有るとも聞いていたから、講義資料には幾何公差と最大実体公差方式も盛り込んだ。

 2週に分けて計2時間のプレゼンテーションだった。実務経験というスパイスを効かして、学生達に説明した。つもりだった。ウナギの寝床のような部屋の中央で、100人を相手にモニタを視ながらマイクを使って話しをしても、エコーがステレオで帰ってくるだけで頼りないものだ。
その他の講義は、PRO/E_CADやCAEの使い方がCADオペレーションのプロである非常勤講師と教員(解析が専門)でなされる。この講義には3人のプロが携わっている事になる。
2次元CAD部分は非常勤講師が教えている。このCADは習熟すれば便利なのだろうが、パラメトリックタイプのためか融通が利かず、JIS規格に準拠していて、しかも整然として読み易い2次元図面を描くのは大変難しい。
 結果として手描き図面にこだわる教育者には朗報だが、現在学生達が研究のために工場に製作を依頼する図面の多くは、セクションペーパーに手描きだ。又他の2次元CADで描かれたものも少しある。1年半後に卒業研究を開始する際に、この講義を思い出してくれればと思う。

 本学では研究に必要な部品は学生自身が機械を操作して作るのではなく、全て職員に依頼する事になっている。この事は学生が客観的で分り易い図面を描く意識を高める事になっているのではと考えている。これは他ではまねできない、本学の大きな特徴である。  (2006/10/23)


戻る  Home