コトづくり

 「コトづくり」とは、ものの形だけではなくその「機能」およびその機能を「創造するプロセス」を重視し体系化していくことである。そのためには、必然的に細分化されていく個別分野の「知の相互関係を探求」すること、個々の知見の中から普遍的な原理を抽出して「汎用的な知へ拡大する仕組み」を構築することが必要である。そしてその結果として、社会的課題の解決に役立つ真の「知の統合」を実現することである。

 これは先日横幹連合セミナーに出席し、そこで得た情報だ。
セミナーでは「DE(デジタルエンジニアリング)時代における創造的な技術者の育成に向けて」というテーマでパネル討議があって、若年層の設計能力が低下している事が話題だった。私はそんな認識は持っていなかったので、ただ驚いて聴くだけの立場だった。
 設計コンサルタントのパネラーが、自身が主催する設計セミナーで設計能力は30代後半以上の層は高いが、それ以前の世代は低い。理由はドラフターを使用した世代とそうでない世代の差、と発言して共感を得ていた。
 ドラフター云々については、こんな経験がある。CADで設計を行う新人が些細なミスをしたときに、「これはドラフターを使用したことがないからだ。最初はドラフターで修行させるべきだ。」と彼の上司が発言したことだ。私はCADを使えない上司のやっかみだと思っていたが、CADの使い手からそんな話が出て驚いた。尚設計セミナーは「CADは教えない。設計を教える。」との事だ。

 そもそも機械設計は年季がいる仕事で、1人前の仕事ができるようになるにはかなりの実務経験が必要と認識している。私自身も30代後半頃から、まあまともな仕事ができるようになったかなと感じている。
そんな状況を考慮したとしても、若年層の設計能力が低下しているとしたら由々しき事態である。今更ドラフターのせいにしても始まらない。対策又は本当の理由はどこにあるだろうか。

 会場では最近はチェンジニアリング(変更設計)ばかりで、新しい仕事が少ないという話しもあった。私の若い頃は、結構新しい仕事を任せてもらって、失敗もしたが勉強になった。最近は成果主義の影響で、失敗しない仕事しかしなくなって良い経験を積みにくくなったのだろうか。又、ITを器用に使いこなす若い人が過剰に期待されていることはないだろうか。
 いつも大きな紙に現尺で図面を描いていた職場で、いきなり小さな画面で物を見ることになって、寸法の感覚が狂ってしまい、実際に物が出来たときにあわてたという話しは聞いたことがある。しかし現尺で図面が描けた幸せな職場ばかりではないだろう。
 私の場合、CADを使用するようになってペンを使うことがなくなったのだが、最近再び使うようになった。2次元CADの時は、構想を練るときも紙にペンで描くのと同じようにCADを使いこなしたのだが、3次元CADになって再び紙とペンを多用するようになった。私の3次元CADではスケッチ機能は十分ではないし、3Dにすると重くなって使いにくい。ドラフターにまで戻らなくても、フリーハンドで紙に描ける環境が必要である。

 建築の世界では構造設計と意匠設計が住み分けられている。しかし機械設計の場合、強度などを計算する能力と、構想を練ってアイデアを出す能力は、各々に得手不得手はあっても、両方とも必要である。
 私は若い頃に強度設計が出来なければ成立しない構造物や建設機械の設計を行い、30代後半にはアイデアを出せなければ成立しない自動組立機などの設計を行っていた。特許も30代になってから幾つか出願出来るようになった。やはり創造力を養うには多くの良い経験を積む事と、ベテラン設計者と良い関係を築く事が非常に重要な気がする。今風に言えばナレッジマネジメントを行うということだろう。
 機械設計における創造とは、奇抜なアイデアをだす事ではなく、基本原理と実務経験や就業後の勉学で培った知識から発想されるものと認識している。

 大学の機械教育におけるコトづくりだが、細分化された多くの専門分野の殆どに関わるのが機械設計なのだから、設計教育をしっかりやることこそが、それに相当するだろう。
 もし設計能力が低下しているからといって、創造力アップのために意匠設計のように、単にアイデアを喚起させるような教育がなされるならば短絡的だし、又CADの習得に多くの時間を取られるとしたら不幸な事だと思う。
 大学での設計教育は種々の専門分野の応用を、理論に基づいて計算を行いながら、創造する能力を育てる事と思う。 (2006/5/15)

2006/6/19追記
 若年層の設計能力が低下している原因として3次元CADを挙げる話しを耳にした。3次元CADが導入されるようになって、設計の負担が2倍3倍に増えたというのはよく聞く話だ。モデリングに追われて設計者として本来行なわなければならない業務がおろそかになっているとの事だ。私も現在の立場からその可能性を感じていたが、すでに始まっていたとはうかつだった。設計者の負担を軽減するために、CADオペレータを積極的に配置したり、CAD単体でなく設計を支援するシステムも導入する必要がありそうだ。


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