十歳が二十歳に投げる全力の青いりんごの赤方偏移
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だめでしょうお礼もしないでと母は走っていって林檎を渡した
力こぶばかりまぶしい先生が地下鉄のあっちからこっちまで
グローブと父にあやまれ９番のライトで劣等感とたたかう
白球を捕らえそこねて分け入れば青、はつなつの蝶のふたひら
戦争に行けんかったと側道をおじいちゃんカブかろかろ進む
初めて買ったメンズノンノの置き場所に困る 夕食まであと二分
ほどほどの善意をしまう ゆずっても座ってもらえなかった席で
うつ病はまじめな人がなるんだと母をかばった父もまじめだ
手のひらで冬将軍のみぞおちをまっすぐに衝く 初雪になる
動かない空気が好きでベランダにいつまでも冬のともだちでいる
「その顔でよく生きてるね」たったいま俺はほとんど死にましたけど
うまかったごちそうさんと蛤の殻に合わせる祖父の両の手
自転車のチェーンがはずれあの川の夕陽にはよくお世話になった
じいちゃんが根元にかけたおしっこも栄養になり光るはっさく
放課後の春の発声練習のあなたのいないアルトが弱い
いもうとの春のピアノのわたしにはないテヌートの正しさを聴く
とうめいな鶴になりたい 雨つぶをまとったときにだけあらわれる
はつなつのバレエスタジオひかりには手足がなくてかわいそうだね
薄皮をてろんと剥がす夏の夜にへえわたしって透明なんだ
あおぞらにあなたが風をととのえて好きと言うときひらくコスモス
悔しさをバネにせよって言う人のバネは強くてわたしをはじく
見下したようにと書けば見下したようでしかない ようにを消した
降りるべき駅を逃した 降りるべき駅はわたしを逃がしてくれた
中絶の主語がいつでもわたしだねそれなら雪に生まれたかった
無視されるたびにちょびっと長くなるまつ毛でいずれ君を刺します
数学はあいつだ英語ならあいつ冬の自習室に布陣あり
どこまでがわたしのせいだったのだろう半身浴がまだ終わらない
思われていないニキビのケアをするわたしがいちばんわたしを思う
点Ｐが用紙の外の春風にさらわれるよう補助線を引け
合格者発表前夜チャート式数学Ⅲに積み上がれ春
正解がないならぜんぶ正解だ夜風に飛んだ点Ｐに春
通れない幅でなければこの家の隙間すべてに猫ははるかぜ
日が長くなりましたねと君が云い「たね」が芽吹いて春が始まる
クレマチス黙っておいてふいに手を取られて跳ねた心拍のこと
ほおづえの平衡点でゆらゆらとうたた寝になる春の力学
考える人には服も着せたいがお尻のために椅子もあげたい
人偏に業で僕にはならんから一本抜けてるくらいがいいすわ
牛丼なら三杯食える値段にて白のあかるきランチプレート
コマ送りできない装置だからこそ脳はあなたの顔を覚える
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正しさのための砲撃（わからない）パフェに炸裂させるスプーン
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砂浜にソファーを運ぶ 夜になるまで笑っててこれも愛だな
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もう主語をなくした星で波だけが生きるのだろう青い夕暮れ
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子が「落ちた」「落ちてる？」と沸く ほっぺたが最初に落ちた人に感謝す
さざんかの「んか」でひらいたのどに子は秋を吸いおり庭師の里の
順番をまもる子ぬかす子ゆずる子を抱えてすべり台は社会だ
カバさんの遊具の開いたお口には石とはっぱが賽銭のごと
幼稚園にたまに送ればたまにゆえ子はぺちゃくちゃと父をよろこぶ
言わされたごめんなさいは子の中でどうなるのだろう寝息安らか
ゆるしてと書かせた親と何が違うごめんなさいと言わせた俺の
生れたての自重を知らぬ足に書く「ユリコベビー」の筆圧確か
おとうとが生まれた夜の長男は自分が泥になる夢を見る
妻からの写真 インスタ映えのする病院食はぜんぶ冷たい
七日目のリトルボクサー沐浴に握りこぶしをすこし緩める
寝る前の絵本五冊を読めばすぐ「じゃああと五冊」と子は持ってくる
ほっぺたをはんぶんこするやりかたはくっつけること おもしろいねえ
花びらを忘れたと言いおさな児が十秒止めた春の嵐電
ポケットをすこし遅れてたたく子のビスケットも増えるよだいじょうぶ
読んだ子がアルソミトラの種になり風に乗りゆく植物図鑑
子の目にはたからものらし境内の砂利石ひとつひとつにわらう
ぶくぶくが五秒に伸びたプールにて子は自己肯定の星をつかめり
梅雨晴れを消防ヘリが横切れば子らは笑顔の紫陽花になる
四歳がいつか帰って来なくなる背中を見せて駆けてゆく路
目くじらも泳げばいいと言う吾子にずっと泳げよ立つな目くじら
おとうさんえきはうごいちゃだめと子が鉄道網を公園に描く
どんぐりの帽子を外し「おかあさんつむじはないよ」と寄り目をやめた
はるかぜに洗濯物と我と子とすべて乾けりよく眠りおり
始まってしまえば終わる徒競走ひとりひとりに空やさしかれ
子のうしろ自転車支える手を放しひとつひとつの一つが終わる
チャーシューを自分で作ることにして今年のながい春に向き合う
自粛では消費しきれぬ春があり川辺に子らがたんぽぽを吹く
陽光はすこしやさしい この春はチョークの粉の舞わぬ教室
晴れなのに中止になった遠足の踏まれなかったタンポポそよぐ
誰かのために散ったんじゃない花びらをすくって風があそんでいます
新しい生活様式ままごとに「手はシュッシュッ」を加えおり子は
社会的距離を決められそのとおり並んでレジはいよいよ機械
はつなつの風とおりゆく図書館に風のおとだけ許されている
この店がつぶれないよう珈琲を見知らぬ同志とテイクアウトす
我慢してしまうのだから国民はウイルスよりも制御しやすい
三か月ぶりの乗り換え検索と気づく ウイルス禍の薄まりに
ロックダウンすればいいのに動線の減った東京駅はあかるい
太陽にぎりぎり焼かれない距離で僕らはずっとこの星の黴
左折するときに梔子香りおりバスの換気も二年目となる
パーキングすべて疫禍に閉鎖されびわ湖の岸になお夏の風
セルフレジの列で待つときセルフレジも私を待っていてかわいそう
アクリルの盾で互いを守りつつああ空の色だよねその服
時間には肩がないので後ろからつかめず春が行ってしまった
踊り場として踏む五月 夏までに上りきったら忘れるはずの
一歳が十回脱げば十一回かぶせるときも帽子やわらか
「スーパーのおいもになった」田舎から届く土塊を洗い終え子は
四歳の気づきに気付く妻の手がワークブックをひらき続ける
子が指を銃のかたちにして遊ぶずっと遊びでありますように
夕焼けが地中にしみてニンジンを引っこ抜く児のビタミンになる
川の字に一画足して寝るときの山を支える横棒が俺
四十になっても気づくことがありいまは子と見る『となりのトトロ』
園庭はしかと受くるなり三段目からの着地とおさなき自負を
わかるまで叱ろうとするわからないのはわたしだとわかってはいる
ひとり寝の練習と言いくらやみに五歳は五分だけ手を離す
めちゃくちゃな子らの寝相が天井画の天使の配置になった おやすみ
動物園人間だけが傘を差し残念そうな顔をしている
したことのない凧揚げを教えれば子の凧かるくわれを越えゆく
特急のボックスシートにひざ八つ眠る我らの明日に幸あれ