『あみもの』掲載連作一覧

袴田朱夏言の葉の床

告白

父となり見上げた空が秋を呼びうたごころざわついて一年

永田和宏『現代秀歌』『たとへば君』読了すればうたごころに火

青春の後を詠もうと筆名を灯せば次に白秋が待つ

イヤイヤ期突入の児を抱く妻にのほほと短歌宣言できぬ

詠んでみて誰にも見向きされぬならツイッターごとやめよう短歌

新聞とN短持って妻に告ぐ「半年前から短歌してます」

『あめ ぽぽぽ』書いた人だよ 絵本にて東直子の説明をせり

N短を一緒に観れば妻曰く「アイロンかけていいことあるじゃん」

「感想とか言えないけれどすごいじゃんストレス解消にどうぞやったら」

「いいよねえ男は仕事と言ってれば何をしててもわからないから」

これくらい言わせてよねと妻が言いそれくらい言う妻でよかった

これくらいには入らないこともあろう妻には妻のこれくらいがある

んなわけで袴田朱夏の正体は今んところは妻のみが知る

結局は誰かに見向きされるまで詠んだんでしょと妻は言わない

あみもの 第一二号

悪意

表現の自由が守るお前の声「はかまださんって気持ち悪いよね」

卒アルで「逮捕されちゃいそうな人一位」だ今は笑っておくわ

謝れば済むことなのに謝らない、だから謝っても済まなくなる

お前らは世界を二分してばっかなんなら俺がゼロで割ろうか

自殺者が年三万人いることを告げるだけかよ電光掲示

腹いせにアクセルべったり踏む先で老婆が渡る、やめときなさいと

蔑みは妬みだろうか錫杖の音の深いほうばかり聞こえる

あみもの 第一三号

短期留学生の一日引率

留学生迎えふだんは絶対にしない笑顔でグッモーニンと

ああそうか目は口ほどに物を言う留学生は目を見て話す

留学生、でなく名前で詠みたいが発音が音数がわからぬ

宗教上セーフな鶏の唐揚げが重宝されて摂取されてく

箸を使えるのは日本人だけと教わったのは何だったっけ

あの船はあなたの国の油乗せ日本の暮らしを支えるタンカー

あの船に乗せてもらえば帰れるねこれはジャパニーズプアジョークね

成長に飽きてしまったこの国の何を学んで帰るのだろう

あみもの 第一四号

どうでもいい

わたくしは誰かの苦手な何かですでもそのことはどうでもいいです

ぜんぶぜんぶどうでもいいよさようなら取り外したら乾かしといて

わたくしの詠んだどうでもいい嘘に轢かれたひとよどうかご無事で

あみもの 第一五号

名づける歌(うたの日出詠歌より)

花の名をスズランとしたその人のこころの鈴の音のあつたこと

新しき鳥の種類に Ignaro無意識 と名を付けそれは想像上の

最後まで無口な叔父を弔つた風の名前を考へてゐる

月の名を未だ負はざる薄明かりアロサウルスの頭蓋は知るや

忘れじの海と名づけることでしか忘れることのできぬ災ひ

あみもの 第一六号

産声

産声の上がり切らずに保育器に入る子撫でる衰弱の妻

車いす押してNICUに至る 何度も毒を消されて

わたしたちの子なのにこんなにかわいいと言う妻にそうだねと返事す

看護師にオムツ替えるか問われればはいと答えて父が始まる

スリングのプロモーションだったことだけ思い出されるプレパパ教室

ひと時も休まず命命命命をつなぎとめる病院

一〇〇〇グラム未満で生まれた児のことを貼り紙に見てよくない安堵

NICUを出る子は看護師に「かわいいね~!」と言われる決まり

父となり五〇〇マイルに聴き入れば「さよならさよなら青春の日々」

ベビー服、消毒用品、ゆりかごもお古で済ませられる妻と子と

寝かしつけはほいっとーほいっとーお神輿のリズムときどきよいよいよいよい

「袴田選手三回目の挑戦です」と寝た子を床に置くスポーツだ

好きだけどなじみのないここ京都にて妻は早々母となりゆく

好きだけどなじみのないここ京都にて子を京都の子として育てゆく

好きだけどなじみのないここ京都にて子は京都の子として育ちゆく

あみもの 第一七号

午睡

人一人運ぶにしては大げさな装置であるが社用車に乗る

舌戦で負けを知らないあの人は課長止まりで退職だって

責任を取って辞めるということが腑に落ちぬまま不惑になれり

みみっちい少年のまま不惑だぜ傘はささずに済ませちまうし

ある人をさびしがり屋と見下した会話のそこだけ聞こえた市バス

人生を一度も生きたことのない俺が聞き手の人生相談

自らを二流とあきらめることがこの人生の対価なのかよ

カン、カンと屋根にどんぐり 昼寝する車中の俺に仕事だろって

あみもの 第一八号

ななつのうた

なんとなくなんにもなさずなにもなくなにはなくともなんとかなるさ

なにもなくなんとはなしになさけなくなにをなすともなんともならず

なくなりしなみなみならぬなかなればなんどともなくながせしなみだ

なきながらなせないなりになしたならなかなかなりとなでよなんじを

なかまなるなんじなつかしななのつきなつにながめしながれぼしかな

ながながとなやみなさんななぜならばなにごともみななるようになる

なさそうななのつくなまえなくもなくななつのうたをならべたらねる

あみもの 第一九号

きらいきらわれすきすかれ

内輪感忌避症候群罹患せりその症名に群の字のあり

ぴいまんはきらいきらわれすきすかれすくすくそだてそうめいなきみ

妻と子を実家に帰しキムチって無限にご飯食べられますな

筋肉は裏切らないの先生になったつもりで姿勢矯正

NHKから国民を守る党から国民を守る一票

あみもの 第二〇号

半年、半分

連歌の花道・新月ノ歌会に出した上の句半年分より詠める

平成の戦後を継ぐは令和の世などと言っても五月病です

梅雨空をオフホワイトと言う君のそれなら夜を知りたくなった

海の日のなかったころに聴いていたTUBEを Youtube にて検索

終戦をここまで引き延ばした理由わけを我が舌の根に見つけてしまう

夏枯れの桔梗のなおも揺れており花はもともと風葬である

縁側でつるんとむいた葡萄ごとばあちゃんをクレヨンで閉じ込めた

あみもの 第二一号

少年感

パチンコもタバコも株もやる親のふところ どれもやるなよと云う

グローブと父にあやまれ9番のライトで劣等感とたたかう

避妊具が落ちていた道 避妊具を落とすほうにはならなかったよ

劣等感思い返せば優越感ふつうになりたいふつうの子です

いじめもしいじめもされたああこれはおとなになってもきえないやつだ

あみもの 第二二号

バター

れたての自重を知らぬ足に書く「ユリコベビー」の筆圧確か

へその緒が立派ですよと言われれば妻と次男はもっと立派だ

胎盤に触りますかと問われればこれが胎児のベッドの弾み

おとうとが生まれた夜の長男は自分が泥になる夢を見る

かなしいの語を使い出す長男の脳内セロトニン豊かなれ

乳飲み子は血飲み子である真っ白な妻の乳房をほの紅くして

妻からの写真 インスタ映えのする病院食はぜんぶ冷たい

早退の電車でひらく『微風域』西日がやけにあかるい だるい

保育所の連絡帳に長男の心が「ザワザワしてる」とされる

総菜屋の名を連呼する長男よお前は料理できるようになれ

家計的な理由でうちはマーガリンをバターと呼んで生きていきます

一日の大半を寝るみどり児のむしろこちらの世界が夢か

我が腕は胎児のベッドと似たような弾性率で子を眠らせる

御襁褓おむつって書くならふたつあるきぬよ漏らさず強く保ってほしい

子らよ子ら俺よりもいい人生を歩め ほんとのバターはいいぞ

あみもの 第二三号

微化回路

プロジェクト「森羅万象」報告は発禁 量子シュレッダに処す

皮下に埋めたICチップが人類を最適化してだれの最適

原子間結合にまで微化された回路が自己増殖をはじめる

0と1 量子化 秩序 擬態せよ 塩基配列 テロメア突破

こじ開けた痕 セグメンテーション違反 だれの故意でもありそしてない

創世元年以前僕らは回路レス肉体のみで生きていたらしい

大いなる意志に従う微化回路 ヒト、モノ、すべて侵されている

「内密に無回路室で育てた」と父の遺品の無回路メモは

「大いなる意志の名のもと小さき者の悪意が世界をおとしめている」

「無回路で育ったヒトがあと二人いる」と書かれた無効アドレス

量子データにならない地点で落ち合おう ビットの風の淀みだ、いいね

あみもの 第二四号

二〇一九年の自選回文短歌十五首

消ゆる胸に高く積もる雪消ゆる雪消ゆるも点くか田に眠る雪

走る滝大地の祈り問ひかけか一人の命抱きたる詩は

湿気た毛が気さくな花に咲く以外草に名はなく先駆けた芥子

帰る地の嘘見透かされ川面にも別れさ霞草の散る絵か

多雨の入り雨濡らしか高田馬場の「だ」か「た」か知らぬメアリーの歌

余暇の待つ京都を語れ波の端の見慣れたかを問う良き妻の香よ

禿げ頭止まる的たまたま気づきまたまた止まる的また揚羽

是か否かわからないなら若い恋変わらないなら乾かない風

蹄鉄が夏がいました蔦の葉のたった四枚がつながっていて

さっきの絵素晴らしいのか泣いていて田舎の医師ら場末の喫茶

痛み耐え呼気が遠のくどこからか孤独の音が聞こえたみたい

いざ死なん かかる血しぶき乾かぬか若き武士散る果敢な死罪

小春日の黄色。ココナツ。満ち足りた緻密な心。生き延びる箱。

「泣くとつい鉄のナイフが小夜鎮めず所作が不意なの」って言っとくな

遠く君残るのみ二羽渡り鳥たわわに実る木の実聞く音

あみもの 第二五号

ペダル

十月一日午前三時の幼稚園でキャンセル待ちを告げられている

義務権利義務権利義務権利義務ペダルを漕げば右足は義務

オリオンはこちらを見ない 俺だって走らされてはいるけど余白

あみもの 第二九号

惰性戦隊ルサンチマン

後ろ髪引かれ戦隊ルサンチマンレッドは夏が苦手な詩人

海好きが高じ戦隊ルサンチマンブルーはいてもいなくてもいい

絵空事ぼやき戦隊ルサンチマングリーンの吸うわかばは内緒

足早に逃げる戦隊ルサンチマンイエローはそれでも出社する

交渉の不得手戦隊ルサンチマンピンクはだからピンクになった

あみもの 第三一号

閲・覧・注・意

どう見ても個人の住所を載せている結社誌を図書館で借りたぞ

読まなくていいと思うよ全米が泣くやつだって観ないんだから

でも逆に二度と読みたくないツイを忘れないこの脳も俺だな

「中国の核の傘でもいいんじゃね?」はいカギカッコつけときますね

自慰のあと自分で入れたコーヒーが自分で入れたコーヒーの味

あみもの 第三四号

二〇二〇年を振り返る自選回文短歌十五首

はて留守に意図を汲む夜か深き雪カフカ読む苦を問いにする手は

迫る梅の幹は屹立、梅の香の目移り 月は君の目潤ませ

脳の吹くそよ風カノンケセラセラ世間の風か予測不能の

影となる灯に白墨が書き足した幾何学 僕はニヒルな棘か

「足せマスク」「おかしいな……わあ、2枚かい! 間に合わないし」顔くすませた

季語の死かやましき価値に今気づき毎日書きしまやかしの誤記

死後なのかピストルか火が遠く哭く音が光るとスピカの夏越

苦しみの無人補う宵山や異様な祇園寺務のみ知る苦

「死せる詩に喋りたかった文包み、不達」語り部、椰子に記せし

身売る身にまた床濡れか大地の血、抱かれぬ琴、たまに見る海

各々に意見強いるな都構想異なる維新系にNO,NO!

好きな嘘レモンのレから語る夜高らかレノン漏れそうなキス

亀の世話足軽どもに子どもにもどこに戻るが幸せの芽か

酔いながら勝ちに至れば済む一日「結ばれたい」に力がないよ

吐息良きトナカイなかなかついて来ていつか鳴かないかなと清き意図

あみもの 第三七号

初句は多数決で

猫になりますそれを退化と言えますか死語じゃない語に名はありません

後部座席はいつも陽だまり図書館に行く兄妹が猫になります

のそっと開くドアをくぐればタクシーの後部座席はひんやりと白

立つ父ののそっと開く座骨見つ小桜ひとつそののち散った

右手の降りてなお見送って立つ父をかくしてしまうハンドルさばき

お釣りをはらむ右手の降りてくることの久しくなりぬこのウイルス禍

戻ってこないお釣りをはらむ自販機に代わりになにか生み出してほしい

白鍵の戻ってこないピアノひとつ音楽室は西向きでした

このフェルマータ止めれば上がる白鍵のひとときだけはわたくしの指

あとどれくらい伸ばしてくれるソプラノの君を指揮してこのフェルマータ

空気は軽い、わたしは重い、月は軽い、かたちは重い、あとどれくらい

高層の空気は軽い 重力で物理的には死ねるんだけど

マンションに住む魔女曰く高層の部屋で煮るので呪うのが楽

ワンルームマンションに住む恋人のミニマリストのリストに我は

オンライン飲みで満ちないワンルームあいつら全部俺で笑ってる

あみもの 第三八号

世紀末、ミステイク、R70

you は shock そんなはじまりだったから世紀末から愛が止まない

死兆星探したきみと、見えるのがこわくて探さなかったぼくと

ラオウ様レイ様などと呼ぶきみのジャギには様が付いていたっけ

あしひきの山のフドウの悪しき日の終点なりし少女ユリアは

包むほど核の炎はなかったしそんなに拳法家もいなかった

野生児は壊れた父を治さないあばれるおれもおんなじだから

レイチェルも孤島のシドも魔列車に乗ったのだろうさびしくはない

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感情を描ききれないドット絵でチョコボの筆はしかし描いた

R70ルートセブンオー驟雨を連れてスナダ氏のダブルドロップDは雷鳴

歌声をみどりのラムで湿らせて好きってそうねキョウコ先輩

真夜中に振るならこんな旗がいいあなたをここで祈っています

借り物の言葉でうたうとき冬の星座はすべて燃える、それでも

父となり五〇〇マイルに聴き入れば「さよならさよなら青春の日々」

あみもの 第三九号

アロワナ

午後にしか温まらない家を出て春のひかりに圧されつつ漕ぐ

豪邸のモッコウバラがまぶしすぎてぐっと漕いでも電動自転車

アロワナが客を迎えるのがいいとされて大きい水槽がある

首のうえに生きてうるおう顔を持つ最低ランクの化粧水でも

アロワナに食べさせている金魚にも充てられている美容院代

「わかります」わかるんですね叱るとき子をコウちゃんと呼ぶもたつきが

何もしてないしできなくなっていくコウちゃんはどんどんできていく

「何もしてないんですよと言う人もこっそりやってたりするんです」

ウィンナーは加熱なしでも食べられる「わたしも最近知ったんです」か

美容師のうまい話をうまいとは思う とはとは思う、「とは」とは

スタンプが売れているぶんたくましい顔のマユコにおごってもらう

コウちゃんはもうおっぱいを飲まないし夫に登るのがじょうずだし

勝つ方法 夫はグレープフルーツの苦さがわからずに生きてきた

同意できない陰口のポイントがいっぱいになりました美容院

美容院予約アプリを長押しで絞殺できた指紋を拭いた

あみもの 第四〇号