月見うどん・もつ煮込み
2016.04.10
前回から3ヶ月ぶりとなる日本海食堂。しかしいつものウキウキ気分はどこへやら、今回に限っては非常に
重苦しい気分での来訪となりました。食べ物に関しては殆ど嫌いなものが無い私ですが、実は・・・生卵だけ
はダメなんですよね。そして今回注文するのは、よりによって月見うどん・・・。
これだけは避けたかった・・・というのが偽らざる本音ではありますが、2014年の12月から始まった日本
海食堂全品制覇の旅。ここまで順調にメニューを消化している中、いつまでも生卵から逃げ続けていると、
最後の最期をよりによって嫌いなもので締めくくる事になってしまいます。
そもそも私、小さい頃は卵かけご飯を当たり前のように食べていたのですが、一体いつから生卵を受け付
けなくなったんだろう。あの妙に不均一なぬるぬる感と独特の生臭さが、気がついたときには大の苦手にな
ってしまいました。
なので私は、すき焼きを食べる時も生卵はノーサンキュー。生卵を使う料理の中でも月見うどんは特に苦
手な部類で、生卵特有の臭みが出汁の熱で中途半端に活性化し、その上せっかく熱々だった出汁が生卵
のせいで微妙にヌルくなる・・・という、悲惨なスパイラルを克服できないまま今日という日を迎えてしまったの
です。
小さい頃に苦手だった食べ物が、成長するにつれて大好物になった・・・というのはよく聞く話ですが、逆の
パターンはあまり聞いた事がないなあ。特に思い当たる事はありませんが、生卵に関してトラウマになる様
な強烈な実体験があったのかな?ショックのあまり、つらい記憶を無意識に封印してしまったのかもしれませ
んが・・・。
という訳で、とうとう予防接種の日を迎えてしまったいくじなしの子供みたいな気分で、半泣きになりながら
日本海食堂に到着。ああ、この扉の向こうに、嫌で嫌で仕方のない生卵が待っているのか・・・。このまま踵
を返してゴーゴーカレーにでも行きたくなりますが、ここで逃げたらもう二度と日本海食堂の敷居を跨げなく
なる気がします。逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ・・・と閉まったままの玄関の前でブツブツ呟いていると、不
意に建物外のトイレ入り口から店主さんが顔を覗かせ、
「あ、また来られてたんですか(笑)。まだ準備できていないんですけど、どうぞ中でお待ちください(笑)」
え、あ、いや、もう試合場に上がんなきゃいけないですか(泣)。折角の店主さんのご厚意でしたが、激怒し
ている顧客のもとへ詫びを入れに行く営業マンの気分でとぼとぼと入店します。
という訳で、苦手な苦手な月見うどんを注文。それだけではつらすぎるので、せめてもうひと品何か美味し
いものを・・・山口百恵と相談して、本日のお勧めメニューの中からもつ煮込みをチョイスします。
あ、しまった。店主さんはまだ準備中ですけど・・・と、あくまでも厚意で店内に入れてくれたんでした。生卵
の事で頭がいっぱいで、折角の心遣いだったのに悪い事してしまったなあ。
あの気のいい店主さんの事ですから、生卵が苦手なので火を通してね、とお願いすれば了解してくれたと
思うのですが、それでは月見うどんを通して行われる、私と日本海食堂との真剣勝負と言うべきコミュニケー
ションの純粋性が損なわれてしまいます。
いつもはお楽しみの日本海食堂ですが、こと今日に限っては、わざわざ嫌いなものを食べに来てその上レ
ポートまでしてしまうという、作る方にとっては非常に失礼な話。じゃあ来んな!と怒られて当然の、道場破り
にも等しい非礼であります。そんな掛け値なしの真剣勝負であるこの場において、こっちは茎子受けで絡め
取るからこの高さで秘剣流れ星をお願いね、なんて甘えた事が許される訳がありません。
思えば2年前の冬の日、初めて訪れたここ日本海食堂にハートを鷲掴みにされて以来、全てのメニューを
制覇するまで通い続けると心に決めたのです。その中にあって月見うどんは、まさに避けては通れない試練。
ここから逃げていては、俺は一歩も前には進めないのだ・・・と心に言い聞かせていると、月見うどんが到着。
あ、随分早いんですね。もう少し心の準備をする時間が欲しかったのですが(泣)、今日はいつもにも増して
往生際悪いな俺・・・。
大きめのどんぶり鉢には黄金色の出汁がなみなみと注がれ、太く真っ白なうどんが気持ちよさそうにつか
っています。富山のアイデンティティとでも言うべき紅白ぐるぐるかまぼこが2枚と、ひとつまみのワカメ、爽や
かな芳香を放つ青ネギ。そしてそのど真ん中に、本日の主役であり仇敵でもある生卵が鎮座しています。
熱々の出汁のお陰で表面こそ白くなっていますが、少しつつくだけでぷるぷると震えるその様子は、火の
通った個体ではなく半液体の感触。無駄な努力だとは思いますが、せめてこの出汁の熱で僅かでも白身が
固まる様、強引に生卵をうどんの中にもぐりこませます。
まずは卵が混ざっていない状態で、出汁をひと口。ダシがしっかり効いた美味しいうどんつゆですが、そこ
からぐっと甘味に振っているところが北陸の醤油味だなあ。程よい薄口しょうゆとみりんで味を調え、僅かな
塩を加えてきりっと引き締めた関西風うどん出汁も美味しいですが、やはり北陸で食べるならこの味しかあ
りません。
熱々の出汁で温められたぐるぐるかまぼこは持てる旨みをさらに活性化させ、鰹節と昆布に次ぐ第三の男
的な存在感を出汁の中で主張しています。また、開店早々とあってか刻んだ青ネギも瑞々しく、熱い出汁の
中でも高貴で冷涼な香りを失わないまま。完全に切れていない板状ネギが混ざっているのも、これまた御愛
嬌であります。
かまぼこの横に添えられたこのワカメも、出汁の熱さで磯の香りを際立たせていますね。いよいよハゲ夜
明け前となりつつある私にとって、このワカメはとてもありがたい存在。苦手な月見うどんにワカメがついてく
るとは思わなかったので、逆風渦巻く苦境の中にあってこの力強い援軍は嬉しい誤算です。
さて、そろそろ生卵と対峙する時がやってきた様です。高度数百メートル上空のC-130輸送機から今ま
さに飛び降りんとする空挺隊員の気分になり、まずはもっとも苦手な白身の部分をひと口。
ん?あれ?これ、生じゃないですよ?温泉卵よりもさらにたくましい固さを手に入れた感じで、柔らかめの
豆腐に近い食感。もっと透明感のあるデロデロな白身を覚悟していたのですが、思ったよりも敵は熱さに弱
かった模様です。なんだ、これなら大した事ないじゃん!この生卵野郎(急に強気)!
そのままうどんを1/3まで食べ進んだところで、意気揚々と黄身を潰します。おお、すっきり甘めの出汁が
濃厚な味わいに変化しましたよ。出汁の豊富な熱量は黄身の中心部にまで達していて、懸念していた生卵
の臭みは欠片もなし。極上の繊細さを持ち合わせた和風カルボナーラの如き味わいに、しばし陶然とさせら
れます。
おっと、こちらも冷めないうちに頂かないと。もつ煮込みいっときましょう。大きめの小鉢には豚の白もつが
こんもりと盛られ、明るい茶色の煮汁に浸っています。他に入っているのは、タマネギ、つきこんにゃく、そし
て青ネギ。結構ピリカラな味噌味で、ビールにも日本酒にも焼酎にも、そして白ご飯にもぴったりの味わいで
あります。
脂肪分は徹底的に取り除かれ、十分な下茹でと煮込みのお陰でモツ特有の臭みは全くなし。その分お好
きな人にはやや物足りないかもしれませんが、万人に食べやすい味を追求するとこれが正解ですね。
いやあ、この残った煮汁を白ご飯にぶっかけて食べたいなあ。今回は月見うどんに対抗する為に力を借り
る形になりましたが、これ一品だけで十分メインを張れる役者であります。ほうれん草のおひたし、きゅうりの
浅漬け、玉子焼きなんかと組み合わせたら言う事なしでしょう。
それにしても今回は、この鍋やきうどんの如き出汁の熱さには助けられました。寒さの厳しい北陸地方、う
わっこりゃ熱い!とフーフーしたくなる過激な熱さこそが、麺類の出汁に求められているものなのかもしれま
せん。
またこの大きめのどんぶり鉢になみなみと注がれた出汁の量も、冷たい生卵をこれでもかこれでもかと加
熱する事が出来た一因の様な気がします。
そしてこれは、流石に私のほとばしる妄想だと思いますが、入店した私のいつになく暗い表情と弱々しい足
の運び、さらに中で待っていてくださいと告げたにもかかわらず、すぐに注文してしまった朦朧ぶりから、店主
さんは月見うどんとの対決を前にして動揺を隠せない私の心中を鋭く見抜き、あえて通常よりも熱い出汁を
用意してくれたのではないでしょうか。それに加えて、冷えたどんぶり鉢も通常以上に温めておいてくれたの
かもしれません。
真剣勝負の道場破りのつもりでやってきた私ですが、トイレの戸からひょいと顔を覗かせた店主さんは、私
と目があった瞬間に全ての事情を察していたのかも。剣を抜くまでもなく、向かい合った瞬間に勝負は決して
いた様です。しょせん私如きが及ぶ相手ではなかったという事か・・・。
月見うどん600円、もつ煮込み500円。計1100円を支払って、日本海食堂を後にします。参りました、ま
た一から修行をやり直します・・・と玄関に一礼し、車に乗り込む私でありました。
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