天ぷらそば・かぼちゃ煮もの

2017.06.23


       お昼前に日本海食堂に到着。6月の富山らしい爽やかな青空が広がり、店先に立てかけられた大きなよしず
      が夏の始まりを感じさせます。
       今日は最初から天ぷらそばのつもりでしたが、あと一品は何にしようかな・・・よしこれ、かぼちゃの煮も
      の
いっときましょう。おばちゃんに力強く注文を告げ、いつもの席へ。
       座敷席の開け放した窓からは初夏の風が入り込み、天井では大きな扇風機がぐるんぐるんと回っています。
      北陸とは言え7月に入ると結構な暑さになるので、今が一番爽やかで気持ちのいい時期だなあ。ラジオから流
      れる青臭いフォークソングも、ここ日本海食堂にぴったり。そんな雰囲気にじんわりと浸っていると、お、来
      た来た。天ぷらそば&かぼちゃ煮もの!まずは手早く撮影を済ませます。
       大き目のどんぶり鉢になみなみと注がれた黄金色の出汁、のんびりとたゆたう蕎麦、そしてその上に鎮座し
      ているのが、どんぶり鉢を覆い隠さんばかりの巨大な天ぷら。すごいなこの迫力は。エビのしっぽはひとつだ
      けなので、どうやら他の天ぷらも乗っている模様です。イカ天かな?それともかき揚げでしょうか。
       さらにその天ぷらの上には紅白ぐるぐるかまぼこが乗っていますね。これがあるだけで富山らしさがアピー
      ルできる、実に有効なローカルアイテムです。

       まずは出汁をひとすすり。うん、甘辛の強い出汁揚げ油のコクが重なって、実に力強い味になっています。
      あしらわれた白ネギはやや厚めの切り口で、ツンと鼻に抜ける芳香がいい感じ。出汁の熱さや天ぷらの油っ気
      に対して一歩も引いていないのは、ひとえにこの厚さのお陰でしょう。
       さて、エビ天の手前にいるのは何の天ぷらかな・・・と箸を入れて突き崩しますが、ん?んんんん~?何も
      いませんよ?
もしかしてこれ、超巨大なコロモをまとった一匹のエビ天なのか?なんというか、キングサイズ
      のベッドにぽつんと一人だけで寝ている様な所在なさ
をエビ君から感じますね。とは言えこの価格帯の天ぷら
      らそばのエビとしては、ごく標準的なサイズ。やはりこれはエビに対して衣が異様に大きいんですね。
       ボロボロの廃屋となった古いラブホテルの一室、大きな回転ベッドに大の字に縛り付けられた状態で訳も分
      からないままに目が覚めた私。気がつくと足元には真っ赤な着物姿の小さな双子の女の子がいて、抑揚のない
      口調で村に伝わる不吉なわらべ唄を延々と口ずさんでいる・・・というやけにホラーがかった風景が脳裏に浮
      かんでしまいました。純白のうどんとは異なる蕎麦特有のダークな色合いの所為もありますが、こんな妄想を
      展開してしまうのも古びた日本海食堂ならではの味わいでしょう。

       とは言えこの異様なボリュームを誇るエビ天のコロモ、十分に出汁を吸って溶けかけていながらも、ギリギ
      リのところで固体としての在り方
を保っている点が誠に素晴らしい。自身の持つ油っぽさとコクを惜しげもな
      く出汁に与えながら、空を流れる雲の如く飄々と漂うこのコロモ・・・天ぷらそばとしては最高の仕事をして
      いると言わざるを得ません。
       そうか、この天ぷらそばの主役はエビではなく、コロモだったんですね。それぐらい桁外れの実力を感じさ
      せるコロモパワー!主役に抜擢されたはずのエビ君ですが、
       「いや、確かに私が主役っちゃ主役ですけど、ほんととんでもない化物がすぐ傍にいるんスよね。主役形無
      しっていうか・・・正直やりづらいったらないっスよ(笑)」

       と、苦笑交じりにボヤいている様。そんな素材のつぶやきに耳を傾けつつ、とろとろになったコロモと一体
      になった出汁をすすっていると、ああもうエビなんかいらない、それどころか蕎麦もいらない、このコロモと
      出汁だけあればいい・・・
と意識朦朧状態に陥ってしまいそう。
       古代文明の祭事では、芥子の実特殊なサボテンガマガエルの分泌物などに含まれる幻覚物質の力を借り
      てトランス状態に入り、神との一体化を図ったと聞いた事がありますが、この日本海食堂の天ぷらそばこそが、
      現代の日本社会に許された最強かつ至高の合法ドラッグではなかろうか・・・。そんな事を考えていると、レ
      トログッズで埋め尽くされたこの日本海食堂が、超古代文明の神殿の遺跡の様に思えてきます。その真ん中で、
      何かにとり憑かれた様に天ぷらそばをすする私・・・

       気がついた時には、空っぽになったどんぶり鉢を前にため息をついていました。いやはや、筆舌に尽くしが
      たい忘我の境地に至る一杯でありました。
       おっと、天ぷらそばでトリップしていたせいで、かぼちゃの煮ものの事をすっかり忘れていました。固い皮
      を丁寧に削り取ったかぼちゃは、素材の色そのまんま。まるでカステラの様です。日本海食堂の煮ものは基本
      濃いめの甘辛醤油味なので、この淡い色合いは珍しいな・・・と一口食べてみると、ん?なんだこりゃ?なん
      というか、味がしない・・・

       もしかして先程までのナチュラルトリップの所為で、味覚がおかしくなってしまったのか?と思いましたが、
      かぼちゃ特有のほっくりと粉っぽい甘みはしっかり感じられます。なんというか、味つけらしい味つけが殆ど
      ない味
。調味料をぎりぎりまで抑える事で素材の甘みを際立たせたとも言えますが、ふかしたかぼちゃをその
      まま食べている様な、ちょっと戸惑ってしまう味わい。
       旨味の塊の様だった天ぷらそばの後に食べている所為かな?このひたすらモソモソとした食感・・・うーん、
      これは天ぷらそばと並行して食べるべきであったか・・・。
       「目の前の天ぷらそばの旨味に溺れ、かぼちゃに目が行かなかった貴様の視野の狭さが敗因だ!この愚か者
      が!二度と私の目の前に現れるな!」

       と、海原雄山にめちゃくちゃ偉そうにお説教された気分・・・極上の天ぷらそばの余韻も何処へやら、がっ
      くりと肩を落として日本海食堂を後にします。近づけば近づくほど己の無力さを思い知らされる日本海食堂。
      なるほど、立山連峰の山岳信仰にどこか通じるものがありますね。日本海食堂に通い詰めてかれこれ2年半、
      全メニュー制覇のゴールもおぼろげながら見えつつある今日この頃ですが、私はまだまだ修行が足りなかった
      模様
です。
       それにしても、次来た時には天ぷらそばでラリラリになったジャンキーでいっぱいになってるんじゃないだ
      ろうな日本海食堂・・・と変な心配をしつつ、車を走らせました。




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