生そば・カニ酢

2017.04.15


       1700、まだ明るいうちに日本海食堂に到着です。夕食にはまだ早いせいか、先客は1人もおらず。普段
      来る事が多いお昼の開店早々とは、ずいぶん雰囲気が違いますね。
       今日は最初から生そばにすると決めていましたが、もう一品は何にしようかな。黒板の今日のおすすめには
      ぶり、
シャケ、銀だらの焼き魚とありますが、気分的にはもうちょっと軽く行きたいところ。果たしてショー
      ケースの中は・・・あ、カニ酢いっときましょう。これならさっぱりしてますし、そばとの相性も悪くなさそ
      う。セルフのお茶を入れて、いつもの席につきます。

       すぐに生そばとカニ酢がやってきました。黄金色の出汁にたゆたうそばの上には、白ネギ富山名物紅白ぐ
      るぐるカマボコ
が浮かび、素朴な中にも慎ましい華やかさが感じられる見た目。いわゆるかけそばですが、カ
      マボコがあるだけでも随分と印象が変わるものだなあ。
       まずは出汁をひとすすり。甘みが勝った、独特の北陸醤油味です。なるほど、この甘さはうどんよりもそば
      の方が合う
気がしますね。
       肝心のそばはやや太め蕎麦らしい香りこそ薄いものの、ほのかに漂う野暮ったい風味がいい意味でひなび
      た味わい
になっています。私はうどん文化圏の人間なので、そばについてあれこれ語れるほどの教養はないの
      ですが、確かにこの味わいはうどんにはないものだ・・・

       薬味の白ネギは結構厚めの乱雑な切り方ですが、それだけに熱々の出汁の中にあっても冷涼な芳香を失わず。
      穏やかな性格の青ネギに慣れた身には、甘味も刺激もやや強すぎるきらいがありますが、このもっさりと野太
      いそばなら白ネギの方が合う気がしますね。
       そしてこの、出汁の熱と汁気を吸って蒸し上がった様な紅白ぐるぐるカマボコが、実にいい味を出してます。
      冷たくぷりぷりしたカマボコとは全く違う、今まさに蒸し上がりたての様な濃厚な魚のすり身の香りが立って
      います。私は生そばを頼んだはずですが、これじゃカマボコそばだよ・・・と嬉しい苦笑を浮かべたくなる位
      に、一品としての看板を張れる存在感を漂わせています。
       それにしてもこの、薄茶色の出汁に灰色のそば、微かにくすんだ白ネギ色あせた朱色の様なカマボコの色
      合い・・・懐かしい様な切なくなるような、一種独特の色彩感覚ですね。

       なんというか、北陸の寒村から吉原に売られてきた遊女見習の女の子が、性格はキツいのに妙に面倒見のい
      いところがある姐さんに貰ったお下がりの古かんざしを挿して慣れないお化粧の練習をしている様な、何とも
      言い難い風情を感じます。
       まだまだ野暮ったさの抜けない生蕎麦娘ですが、すぐに江戸の水に磨きに磨き抜かれ、とてもそこいらの町
      衆には手の届かないド高めの花魁に出世して、御大尽のヒヒ爺に囲われたりするんだろうなあ。そんな売れっ
      子になっても、生蕎麦ちゃんは憶えているだろうか、故郷の山や海、友達の事を・・・
       なんだかしんみりしてしまいましたが、毎度のことながらそんな変な妄想が膨らんでしまうのも、ここ日本
      海食堂の特殊な空気故でしょうか(笑)。

       おっと、カニ酢の事をすっかり忘れていましたよ(笑)。ほぐしたカニ肉はじんわり甘く、薄切りのきゅう
      り
は塩もみされてしゃきしゃきの歯ごたえ。甘酢は柔らかな味わいで、ツンツンした感じは殆どなし。酸っぱ
      いのが苦手な人でも、これなら美味しく頂けそう。キリッと冷やした若鶴なんかを合わせた日には、夏の暑さ
      も吹き飛びそう
です。
       そういう意味では、これは梅雨明けの時期を狙って味わうべき一品だったなあ。ちょっとタイミングを誤り
      ましたが、熱いそばともよく合うし、これはこれでいいか。

       それにしても、そばというものは実に不思議な食べ物ですね。洗練された江戸のそばにもなれば、ひなびた
      風情の田舎そば
にもなり得る。これはある意味、うどんにはない振り幅の大きさ、表現の可能性の大きさと言
      えるのではないでしょうか。お洒落なアーバンライフにはうどんは合わない気がしますし、山村の夏に縁側に
      座って風鈴の音色を聴きながら頂くのは、やはり冷やしうどんよりもざるそばの方が似合う気がします。
       そばに対してうどんが優位に立っているのは、面倒くさいうんちく語りやこだわりに一切とらわれる事なく、
      自由にのびのびと味わえる『おおらかさ』だと思っていましたが、それは私がそばを知らなさすぎるが故の、
      単なる思い込みではなかっただろうか・・・?
       うーん、深いな、そばって奴は。また一つ勉強させてもらった気分だ・・・とひとりごちながら、会計を済
      ませて夕暮れの日本海食堂を後にしました。




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