中華そば

2019.02.03


       今年初の日本海食堂、本日は12時前の開店直後に到着です。既に玄関は開いていましたが先客はおらず、
      静かな店内にはラジオの音が流れています。それにしてもこの湿った埃っぽいニオイ・・・いかにも北陸の冬
      
らしくて好きだなあ。
       今日は最初から決めて来た中華そばを力強く注文。実は昨年末来店時にも食べたメニューなのですが、あの
      時は食べていてもどうにもこれといったイメージが頭に浮かばず、結局レポらしいレポを書けなかったんです
      よね。という訳で、今回は再チャレンジ。いや、中華そばは確か3年ぐらい前にも一度食べているので、これ
      が3度目か。
       ショーケースには今日もたくさんのおかずが並んでいます。おっ、珍しくお刺身が3品もありますよ。しめ
      鯖
イカ、あとこれはカジキかな?どれも美味しそうで目移りしますが、今夜はちょっとご馳走ですし・・・
      お昼は控えめに中華そばだけにしておきましょう。

       それにしても、大きなメニュー看板には中華そばと書いてあるのに、厨房には
       「ラーメンひとつ」
       って伝えているんですね。この日本海食堂の雰囲気的には、古き良き香りのする中華そばが似合う気がしま
      すが・・・まあ、他に味噌ラーメンや塩ラーメンがあるので、店の人はこっちの方が馴染むんだろうなあ。
       ストーブが轟々と燃焼しているものの、天井が高いのでひんやりした空気が漂う開店直後の日本海食堂。す
      ぐに他のお客さんが来て賑やかになると思いますが、今はこの深く静かなひと時を味わおう・・・と和んでい
      ると、すぐに中華そばがやってきました。前回と全く同じ、チャーシューメンマ、刻んだ白ネギだけが乗っ
      たごくシンプルな中華そばです。手早く撮影を済ませ、まずはスープからいってみましょう。
       おお、これこれ。このいかにも北陸らしい甘味の効いた醤油味。背脂や豚骨、魚粉などが出しゃばっていな
      い、実にシンプルな中華そばです。今時の工夫を凝らしたラーメンとは一線を画す、このなんとも懐かしい味
      わい・・・
子供の頃に初めて食べた美味しい醤油ラーメンって、こんな感じだった事を思い出しました。

       茶色く澄んだスープには微かに油滴が浮いていますが、これはチャーシュー由来の脂肪でしょう。今風のラ
      ーメンに慣れた舌には素っ気ない位に軽い味に思えますが、おっさんにはこういう味が効くんです(笑)。滅
      茶苦茶美味しい!という訳ではありませんが、食べているとどんどん穏やかな気分になりそうな中華そば。例
      え懐古趣味と笑われようと、これぞまさに古き良き味わいであります。
       ここでチャーシューをひと齧り。脂肪の甘い味わいを軽く引き締める苦みを感じますが、これはコーヒー
      な?全体に深みを与えつつも豚の臭みをきれいに消していて、なかなか巧みな手法です。しかし、以前のチャ
      ーシューとはちょっと違う
気がするなあ。3年ぐらい前に塩ラーメンに入っていたチャーシューはこんな風に
      丸く成形していませんでしたし、醤油と砂糖だけのもっと単純な味つけだった様な・・・店主さんが色々と
      行錯誤
を重ねた末に、このチャーシューがベストだと判断したのでしょう。
       個人的には以前のチャーシューの方が好みでしたが、ある意味完成された味わいなのにまだ改良を止めない
      のは、日本海食堂の中華そばにはまだまだ進化の余地があるという事。いちファンとしては、数年後のチャー
      シューに期待
しましょう。

       麺は若干太めのつるつる麺で、これも甘みの強いスープによく合っています。あえて厚めに刻んだ白ネギ
      熱いスープに一歩も引かず、清涼感のある芳香を保っています。これは優しく柔らかい個性の青ネギでは出来
      ない仕事。
       全体にはシンプルイズベストを極めた様ななごみ系中華そばですが、唯一気になるのが具のラインナップの
      寂しさ
です。無駄をとことんまで削ぎ落した末にたどり着いたスタイルとは言え、味噌ラーメンや塩ラーメン
      が色とりどりの具を乗せていただけに、このシンプルさが逆に物足りなさに見えそうなんですよね。
       ここに味付け海苔の一枚、紅白ぐるぐるかまぼこの一枚もあればグッと満足度が増すと思いますが、それは
      究極のシンプル
というべきこの中華そばにとっては余計なお世話なのだろうか・・・そんな事を考えていて、
      ふと気がつきました。この原始の中華そばに感じる物足りなさ。それはすなわち、自分の原体験である懐かし
      の醤油ラーメンを今一度思い出すための仕掛け、舞台装置
なのではないでしょうか。
       思い出の醤油ラーメンには入っていたのに、この中華そばに欠けているもの。それは一片のナルト巻きだっ
      たりひとつまみのほうれん草だったり茹でもやしだったり、半割りの茹で卵だったりと、人によって様々でし
      ょうけど、それらの全ては自分の醤油ラーメンの基本形に立ち返る為の引き鉄とも言えます。

       そう考えると、この日本海食堂の店内に溢れかえる得体の知れないレトログッズの数々が、記憶を遡る旅を
      より一層鮮明にしてくれる小道具としての役割を果たしてくれている事にも気がつきます。そうか、この何か
      が足りない中華そば
は、この異様な店内で食べて初めて意味を成す味わいだったのか。もしこの中華そばの具
      がもう一品二品充実していたら、ただのよく出来た懐かし系醤油ラーメンで終わっていたんだろうなあ。
       ここで私も、記憶を遡る旅に出てみましょう。小さい頃、一番最初に美味しいと思った醤油ラーメン・・・
      それは某所で食べた出前の醤油ラーメンでしょうねえ。いかにも昔の田舎の蕎麦屋で作った感のある、ボロボ
      ロの木製のオカモチ
に入って運ばれてきた全く洗練されていない醤油ラーメン。ぴっちりとラップが張ってあ
      って、その上に白コショウの小袋が乗っていたあの醤油ラーメン。恐らく今食べれば驚くほど美味しくないラ
      ーメン
だと思いますが、味覚が未発達だった子供の頃は、なんて美味しいんだと心の底から驚いたあの醤油ラ
      ーメン・・・

       ただ美味しいだけではない、絶妙な物足りなさがこの日本海食堂店内の昭和臭さと完璧な融合を果たし、ま
      さに一杯のタイムマシンと化した様なこの味わい・・・こんなの、そこらのラーメン屋では絶対に味わえませ
      ん。
       ちなみに3年前に試食した時は、執拗にしゃべりかけてくる見知らぬおじさんのマークにあってろくに味わ
      えなかった中華そばでしたが、仮にあの時一人で食べていたとしても、果たしてこの味わいを理解できただろ
      うか。たぶん分からなかった気がするなあ。もっともそれは私が食べ手として進化した訳ではなく、単に4年
      分おっさんになってしまっただけ
ではありますが・・・(笑)。
       もしかしたらあのおじさんは日本海食堂の神様で、
       「この若造が!お前にこの中華そばはまだまだ早いわ!修行しなおしてから来い!」
       という思いを込めて、私の試食を妨害していたのではあるまいか。眼を閉じれば昨日の事の様に思い出す、
      イカと豆腐の煮物ビールの小瓶でまっ昼間からご機嫌になっていた、日本海食堂の神様・・・。

       さて、日本海食堂全品制覇の旅路も、とうとう2品を残すのみとなりました。ここにきて神様の意図に気が
      ついたという事は、私の日本海食堂修行もいよいよ最終段階に達したという事でしょうか。最後の2品との対
      決を前に、大いなる神の赦しを得た気分です。次なる勝負は恐らく来月。ただただ虚心坦懐、行雲流水、無我
      の境地で臨むべし・・・
そう自らに言い聞かせつつ、冬の日本海食堂を後にしました。




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