ミサイル艇うみたか・掃海艇ししじま一般公開in金沢港

2013.08.03



        石川県金沢港無量寺埠頭で行われた、PG828ミサイル艇うみたかMSC691掃海艇ししじまの一般公開
       に参加して来ました。毎年夏恒例の北陸遠征、今年は一般公開される上記の2艇の他にPG824はやぶさ
       入港するという、なかなか豪華な顔ぶれ。うみたかとはやぶさは先週の舞鶴地方隊展示訓練で見たばかりで
       すが、地元大阪湾ではまず縁が無いミサイル艇、やっぱり何度見てもカッコいいなあ。
        また、掃海艇ししじまは今回初めての乗艦です。ワクワクしながら早朝に大阪を出発し、金沢港に到着したの
       は0910。夏休みの真っ最中ということもあり、さぞかし沢山の人で賑わっている・・・と思いきや、意外と空いてい
       ました
。ここのところの暑さのせいかな?お陰で、ゆっくりと見て回れそうです。



 PG828ミサイル艇はやぶさ。某国による能登半島沖不
審船事件
を受け、それまでの全没型水中翼艇の後継とし
て2002年より華々しくデビューしました。
 強力なウォータージェット推進、軽量で頑丈なアルミ合金
製の船体
、艦橋構造物や武装のステルス化、他の艦艇や
航空機と情報を共有できるリンクシステム等、さまざまな
新機軸
が盛り込まれた“海のスクランブル要員”です。
 とりわけその足の速さは驚異的で、最大速力は実に44
ノット。
時速にして80q/h近いスピードを叩き出し、舞鶴
沖で行われる展示訓練では、その韋駄天ぶりを見る事が
出来ます。



 ちなみにこのはやぶさ型ミサイル艇、小型軽量な船体
強力なエンジンと武装を搭載しているので、必然的に乗組
員の居住スペースが犠牲になっております。
ベッドは今時
珍しい3段ベッド、調理室が無いので、食事はレトルト
凍食品のレンジアップが中心。
 おまけに非常呼集がかかると1分1秒でも早く現場海域
に到着しないといけないので、休日であってもなかなか遠
出がままなりません・・・。

 そんな厳しい環境にもかかわらず、“最前線で日本の海
を守る”という乗組員の気概と誇り
が、他のどの艦よりも満
ちている気がします。



 はやぶさ上甲板の艦橋構造物。のっぺりとしたで構成
され、敵艦のレーダー波を別方向に跳ね返すための傾斜
がつけられています。
 現在は大湊、舞鶴、佐世保の3か所に2隻ずつ、合計6
隻体制で運用
されていますが、乗員の休暇のやりくりや余
裕のある整備スケジュール、数的な抑止効果を考えると、
少なくとも倍の12隻は欲しい気がします。
 しかし専門性が高い上に建造費が高額で、予算不足か
一隻で多様な任務をこなせる艦種が優先される現状
は、なかなかミサイル艇の増強は思うようにいきません。




 こちらは本日一般公開が行われる、PG828うみたか
マルチロール的に使いづらいというのは、上で挙げたはや
ぶさ型ミサイル艇の欠点ですが、それだけに速力と機動性、
打撃力にひたすら特化したスタイル
は、何とも言えない
しさがあります。
 ちなみに200トンという小柄な艇ゆえに、乗組員は僅か
21名。
他の護衛艦乗組員に比べると、必然的に一人で何
役も
こなさなければなりません。
 それだけに艇長先任伍長の眼が隅々まで行き届き、
艇内は家族的なまとまりが生まれやすいそうです。





 うみたか艦首の、62口径76o単装速射砲。はつゆき型
やあさぎり型、むらさめ型の護衛艦に搭載されているもの
と基本的に同じですが、ミサイル艇のものは砲塔部がカク
カクのステルスシールド
で覆われています。
 また、画像では確認しづらいのですが、甲板との接合部
にもレーダー波を意図的に跳ね返すための反射板が取り
付けられています。
 基準排水量4550トンのむらさめ型護衛艦だと小さく見
える76o速射砲ですが、200トンのはやぶさ型ミサイル艇
だとすごく大きく頼もしく見えますね。





 舷門より、ミサイル艇うみたかに乗艦です。













 舷梯(上の画像の板状のラッタル)を上った所には、ちゃ
んと滑り止めのついた踏み台が用意されています。
 ・・・ってこれ、よく見たら機銃弾が入っていた木箱ですね。
ただでさえ狭い艇内、必要なものは今あるものを上手く工
夫して利用しています。
 別に私の様な物好きを喜ばせようとしてやっている訳で
はない
と思います。







 艦橋下部の防水扉より、艦内へ入ります。ミサイル艇の
中の通路は潜水艦並みに狭く、本当に大人の肩幅よりも
僅かに広い程度。通路というより区画と区画の隙間を流れ
ていく感じ
です。
 よって扉も、かなり縦に細長い形状になっています。
 そういえば今まで何度かミサイル艇を見学しましたが、乗
組員の人達はスリムな人ばっかりだったなあ。







  ラッタルを一層上がるともう艦橋。縦にも横にも非常に
狭く
、圧縮された計器ディスプレイ類が天井に押しやら
れ、まるで航空機のコックピットの様な雰囲気。
 天井も低く、背の高い隊員さんは頭をあちこちにぶつけ
まくる為、仕事に慣れた頃には立派な猫背になるとか(笑)。
 このミサイル艇、荒れた日本海を44ノットという超高速
航行する為、その時はまともに立っていられない程の恐ろ
しい揺れ
になるそうです。お話を伺った隊員さんいわく、
「いや、揺れっていうかですね、どーんと真上に持ち上げら
れて、次の瞬間には真下にガーンと叩きつけられる感じで
すよ。上から下です。揺れなんて可愛いもんじゃありません
から(笑)」


 ミサイル艇の操艇は、他の艦艇のように舵輪ではなく画
像のステアリングにて行います。ほとんど航空機の様な気
分で、どうにも艦艇の中にいると言う気になりません。
 ちなみに艦橋右端の艇長席の右側には、艇外に設置さ
れた赤外線カメラを動かすためのスティックがついていて、
これが戦闘機の操縦桿そのもの。ますます艦艇の中にい
る気がしません。







 ステアリングの横にあった注意書き操舵員は独自の判
断で緊急回避動作をとることができる、
だそうです。護衛艦
では艦長当直士官の指示なしに舵を切る事など考えられ
ませんが、それだけミサイル艇の操舵員の責任は重いと言
う事でしょう。しかしお話を伺った隊員さんいわく、
「いや、この船に慣れないうちは、当直士官の人もぼーっと
してしまうんですよ。決して気を抜いている訳ではなくて、余
りに酷い揺れに襲われると、人間は体を守ろうとして眠気が
襲って来るんです。私は船酔いには強い方だったんですが、
これに乗って初めてそれが分かりましたよ(笑)」

 私もわりと船には強い方なのですが、お話を伺っているう
ちに自信が無くなってきました(笑)。


 あまりに揺れるミサイル艇、立ったままでは仕事にならな
いので、航海中当直につく隊員は全員座って仕事が出来る
様になっています。他の艦で艦橋に詰める航海科員は基本
的に立ち仕事なので、その点は有難いとか。ちなみにシー
トはレカロ製。揺れに対応出来るよう、なんと4点式のベルト
まで標準装備されています。
 また同様に、科員食堂の椅子にまでベルトがついている
そうです。確かに体の確保は出来そうですが、それが必要
な状態で食事が出来るものなんだろうか・・・。
ミサイル艇の
人達なら、普通に食べていそうな気がします。




 右ウイング後方に備え付けられていた、12.7o重機関銃
普段の一般公開では機銃を外して、銃架だけになっている
事が多いので、珍しいなあ。
 不審船対策として建造された艇なので、当然洋上で足止
めさせた不審船に乗り込んでの立ち入り検査も行います。
 その際に警備目的でこの機銃が使われる他、航空機に
対する射撃
にも使用します。







 うみたかのマストに翻る国際信号旗。それぞれの図案に
アルファベット26文字が当てはめられていて、この日は見
学者を歓迎する『W・E・L・C・O・M・E』が掲げられていま
した。
 また、一枚ずつに固有の意味をも持たせてあり、洋上で
交わされやすい会話を数枚の旗でやり取りする事ができ
ます。ちなみにの旗を掲げると、
『当方は潜水夫を下ろしている。微速で十分避けよ』
 の旗を掲げると、
『当方は危険物を荷役、または運送中である』
 と言う意味になります。



 うみたか艦尾の、90式艦対艦誘導弾。円筒状のキャニ
スター内には、100q以上の射程を誇る国産ミサイルが入
っています。左舷に2本、右舷に1本搭載されていました。
 確かあれ一本で1トン近い重量になるそうですが、左右
で本数が違うと重心が傾くというか、航行時におっとっとっ
てフラついたりしないもんでしょうか?隊員さんに尋ねると、
「うーん、今までそんな事考えた事もありませんでした(笑)。
一応これは戦闘艦なので、そんなんじゃ使い物にならない
と思いますよ(笑)」

 との事。海自イベントに足を運んでもう10年ですが、未だ
素人みたいな質問をしてしまう私です(笑)。



 続いては、隣に停泊していたMSC691掃海艇ししじま
見に行きます。ししじまはすがしま型掃海艇11番艇
 港湾や航路に敷設された機雷を処理し、海上交通の安
全を確保
する任務を果たします。
 ししじまは佐世保地方隊沖縄基地隊所属の掃海艇なの
で、この小さな体で沖縄から北陸地方までやってきたんで
すね。大変だっただろうなあ。
 ちなみにこのすがしま型、ペルシャ湾掃海派遣以後に建
造されているので、前のうわじま型と比べて船体が大型化
し、同時に様々な新装備を詰め込まれた掃海艇
であります。




 このししじま、実は木造艦艇です。隊員さんから説明を受
けた乗艦者の方が「こんなに大きな船なのに木造なんです
か?」
と驚いていましたが、木造船体は金属の磁気に反応
して爆発する機雷に対して安全性が高く
、万が一の触雷の
際には、木材ならではのしなりが爆発の衝撃を吸収してくれ
る・・・
という利点があります。
 その反面、海水や微生物による腐食や浸食に弱いため
耐用年数が短く、素材となる質のいいアメリカ松の輸入が
年々困難になり、この規模の木造艇を作れる船大工の確
保が将来的に難しくなりそうな事から、2012年から就役し
えのしま型掃海艇からは、船体が強化プラスチック製に
切り替わっています。



 と言う訳で、ししじまに乗艦。後甲板のラッタルを渡ると、
自走式機雷処分具PAP104 Mk5がお出迎え。
 これ自体が小型潜水艇で、光ファイバーによる掃海艇か
らの有線誘導により、水中速力6ノットで潜航します。
 海底から風船のように浮いている係維機雷に対しては、
内蔵された水中カメラとワイヤーカッターを駆使して機雷を
強制浮上
。海底に仕掛けられた沈底機雷に対しては、抱
え込んだ爆弾を設置して爆破処理します。
 右下にある黄色い円筒形の物体が、時限爆弾(訓練弾)
です。




 前甲板に設置された、20o機関砲。処分具が強制浮上
させた機雷を狙って射撃し、爆破処理するためのものです。
護衛艦に搭載されているファランクスと、基本的に同じもの
ですね。
 ちなみにこの20o機関砲ですが、機雷に正確に命中させ
るには撃ち手のセンスによるものが大きいらしく、センスの
ある人はいとも簡単に命中させますが、ない人はどれだけ
練習してもなかなか上手くならない
そうです。
 また、射撃の際には胸のすぐ前に機関部がくるので、
ヤーマフをしていてもうるさくてうるさくて大変
との事。




 艦橋前方に広がった甲板。装備品の手入れや物資の搬
入、機雷処分の際の見張りで使用するそうです。
 また機雷の爆破処の際には、万が一の触雷沈没に備え
ていつでも脱出できるよう、全乗組員が甲板に出る
そうで
すが、その際はここで待機するのかな?そこを質問し忘れ
たので、次回の宿題にします。
 見晴らしもいいし木造で雰囲気もありますし、個人的には
はビーチチェアと缶ビールを持ち込んで、読書でも楽しみた
いところです。






 ししじま艦橋。護衛艦の様な横長ではなく、正方形に近い
形状
です。艦橋の左右まで窓が回り込んでいるので、随分
明るい印象。

 画像中央奥にあるのは、自動操艦装置。波や潮流の影
響に合わせて掃海艇を洋上の一点にとどめる事が出来、
より安全かつ確実に掃海作業を行う事が出来ます。
 3面ある液晶ディスプレイには、跳ね上げ式のフィルター
が取り付けられていますが、これは夜間に下ろす事で画面
の明るさを軽減させ、夜間航行時の眼の暗順応を阻害し
ないためのもの
です。




 ししじま艦内通路。キャビネットや扉などのいろんな所が
木材で作られているので、民間のクルーザーの様な柔らか
い雰囲気
なのが面白い。
 壁掛け式の時計までガラス付きの木箱に収納されていた
ので、なんだか昆虫採集の標本みたいでした。









 以上でししじま見学を終了。艇尾から撮影です。
 当日の無量寺埠頭は沢山の人達が釣りを楽しんでいま
したが、皆さん暗灰色の自衛艦艇には眼もくれず、海面を
漂うウキや竿の穂先を睨み据えていました。
 金沢港ではごく当たり前の風景なのかなあ、海自艦艇が
が入港しているって。うらやましいのう・・・。








        久しぶりの金沢港、思ったよりも人出が少なかったお陰でゆっくりと落ち着いて見学する事が出来ました。最
       近はどのイベントに参加しても、ここ数年で急激に高まった自衛隊イベント人気による凄い人出に翻弄される事
       が多いのですが、たまにはこんなのほほんとした雰囲気の艦艇一般公開もいいものです。北陸の夏らしい穏や
       かな夏空にも恵まれましたし、いい気分でしたね。
        その反面、こうして折角艦艇の一般公開が行われるのですから、もっとたくさんの人達が見に来ればいいの
       に・・・
と少し物足りなくも感じるのですから、マニアってのは勝手だなあ(笑)。
        さて、この後は富山県伏木港に移動して、護衛艦ちくまの一般公開に参加です。ちくまはこれまで何度も見学
       の機会を逃し続けていた艦なので、ずっと楽しみにしていたのでした。午前中に行われている体験航海こそ外
       してしまいましたが、当HPで度々お世話になっている富山在住のH.N.艦長さんSAA水兵さんにお会いするの
       も久しぶり。
        最後にもう一度はやぶさを撮影してから、富山県に向けて車を走らせました。




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