2006.07.17
と言う訳で、徳島県は小松島まで潜水艦を見に行ってきました。海自艦艇の中で一番好きなのをあげよと聞かれると、
躊躇なく『潜水艦!』と答える私としては、ようやくここまで来たかと言うかひと山越えたと言うか、とにかく実に感慨深いで
す。
前日のうちに徳島入りし、翌朝JR徳島駅を出発します。和田島団地というバス停で下車した後は、特別公開の行われる
赤石埠頭まで約3km程歩きます。
人気のない国道をしばらく歩いて行くと、右手には巨大な堤防に囲まれた貯木池が見えてきました。さらに進むと、埠頭
の彼方に真っ黒く四角い構造が見えてきます。潜水艦の艦橋です。あの形ははるしお型か!
早歩きでゲートをくぐると、巨大で真っ黒な潜水艦が目の前に!おおお、とうとう来ました!
既に内部公開は始まっているようで、甲板には何人かの見学者が上がっています。は、早くいかなきゃ!と気は焦ります
が、まだまだ時間はたっぷりあります。それほど人も集まっていないみたいなので、先ずは潜水艦を外から眺めて歩きます。
艦首付近にはランタン付きの旗竿が立ててあり、日章旗が掲げられています。そのふもとには、ソナーがぽこりと突き出
ていました。初めて間近で見た潜水艦は、全体がマットブラック一色で、表面は何だかざらざらとして見えます。喫水線から
下が茶色いコケに覆われていて、ここまでの長い航海が偲ばれます。
艦橋全体は、何だかベコベコした造り。潜舵の上には、夜間の警備のためなのか大きな照明灯が乗せてありました。
潜舵の上の扉は左右がイケイケになっていて、内部の前方よりの所に、艦橋上部と発令所とをつなぐ通路への隔壁があ
りました。と言う事は、潜航中は艦橋の中は水が入っているんですね。てっきり潜舵の上の扉自体が防水になっているのか
と思っていました。
甲板の前・中・後の三か所にハッチがあり、扉の部分には当然覆いがかけられています。中央部のハッチの脇には電話
ボックスみたいなテントが造られてあり、当直はここで立哨するのでしょう。
しかし、これで基排3000d無いのか。存在感が強烈なので、もっと大きく見えますね。舷門には艦名プレートが掛けられて
います。SS588ふゆしおでした。
埠頭に目を移すと、業務用の白テントがいくつかあります、そのうちの一つでさっそく乗艦手続き。乗艦券を渡し、用紙に住
所名前等を記入していると、受付の一等海尉さんが目を丸くして
「大阪からいらしたんですか!?」
いや、そりゃ潜水艦を見せてもらえるなら来ますよ。というか、結構すぐ来れるんですよね、和歌山からフェリー出てるし。
さらに昨夜は徳島市内で一泊したと言うと、一等海尉さんは感心したやら呆れたやら、という表情。最後は捺印して、書類
を通します。艦の見学に印鑑が必要というのも、さすが機密の塊潜水艦です。
その後は手荷物を預け、ラッタルへ。潜水艦へのラッタルです。もうドキドキです。
憧れの潜水艦への第一歩。甲板を踏みしめた感触は、正しく“黒い鉄の塊”。滑り止めの為か、甲板はザラザラしていま
す。遠くから見るとつるっとして見えるんですけどね。
隊員さんに案内されてハッチの中へ。慣れてないので、手すりにしがみつくようにして怖々と艦内に下半身を入れます。ハ
ッチと隔壁の間には、分厚いゴムパッキンがかましてありました。なんだかお弁当箱のようです。
ゆっくりと梯子を下りて行くと、脚が床につきました。第2甲板というのでしょうか。おお、空調が効いていてかなり涼しい。
真夏だったので半袖のシャツで来たのですが、ちょっと肌寒い位。そう言えば、甲板にいた乗組員の人たちは長袖でした。
そばにいた乗組員の人に、艦内は涼しいですねえと言うと、
「中の電子機器を冷やしているんですよ。人じゃなくて(笑)。空調が止まると装置のほとんどがアウトなんで」
先ずは艦中央を前後に貫く通路を、艦首に向かって進みます。しかし通路が狭い!予想はしていましたが、左右から思い
っきり肩を挟まれている感覚です。機器類のすき間が通路になっている、といった感じですね。
壁には艦長を最上段にした、ピラミッド状の各科乗組員たちの写真がありました。
通路が急に開けて、映像で見た事のある士官室に出ました。士官室と言ってもそれ自体が部屋になっている訳ではなく、
通路の一部が士官室になっている状態で、食事や会議をしていてもその横を乗組員が行き来する形です。言い方は悪い
ですが、士官室と言うよりも“士官置き場”といった感覚です(すみません)。
「いざという時は、ここが手術室になります」
と、海曹の方が説明してくれました。
さらに艦首に向かって進むと、神棚がありました。やっぱり水上艦のそれに比べると、かなりコンパクト。中には伊勢神宮
で頂いた御札が入ってあるそうです。
その先の通路はクランク状に曲がっていて、発令所に出ます。おおおおお、これが、潜水艦の発令所!しかし、潜水艦の
発令所に、今私が居る…というのが、何だか信じがたいなあ。
海図台の向こうには、上下の甲板を貫通している潜望鏡が2本。左右には艦内のバルブを操作するパネルやディスプレイ。
正面左の操縦席には、旅客機の様なハンドルが二つ並んでいます。
天井はかなり低く、広さは六畳間ぐらいでしょうか。今は機器の殆どが電源を落としていますが、これが普段ならあちこちの
パネルやディスプレイに灯りがついているのでしょう。凄いなあ。
通常は、この空間に10人ほどが詰めているとの事。天井や機器のあちこちに張り渡された手すりが、三次元運動が可能
な潜水艦の艦内を実感させてくれます。
「どの位の深さまで潜れるんですか?」
という女性からの質問に対し、隊員さんはあいまいな笑顔で
「すみません、それには答えられないんですよ」
と言っていました。いわゆるアルファ、と言う奴でしょうか。
発令所の先で下の甲板に下りて、そこから折り返す形で今度は艦尾に向かって進みます。通路には洗面台が二つありま
したが、スペース確保のために壁に跳ね上げて留められています。
壁面の収納庫には『ぎまん装置』と書かれています。多分デコイの事かな?映画『レッドオクトーバーを追え!』では、翻訳
者がさんざん苦労したのか、『対抗策』という単語になっていた事を思い出しました。
右手にはトイレがありましたが、残念ながら非公開。隣のシャワールームは見る事が出来ましたが、何と言うか隔壁のす
き間に強引に蛇口をつけただけ、という感じ。地下鉄の車輛と車輛の間をつなぐ部分に、無理矢理シャワーをつけたらこん
な感じでしょう。御世辞にもスッキリしそうにありません。大変だなあ、サブマリナーの人達は…。
ここでふと気付きましたが、艦内が全くと言っていいほどニオイません。さぞかし強烈な潜水艦スメルを堪能できる、と楽し
み半分恐怖半分で来たのですが、全くの拍子抜けです。乗組員の人たちも無臭です(重ね重ねすみません…)。むしろ自分
の汗臭さの方が気になってしまいます。
不躾かと思いましたが、乗組員の人に艦内が全然臭いませんね、と言うと、
「今日はお客さんをお迎えしていますので、換気が行きとどいてますね(笑)。今は脱臭剤もかなりイイ物がありますので、
停泊中はこんな感じです。ただ、航海が長くなると、本当に勘弁してくれってニオイになりますよ。やっぱり(笑)」
隔壁をくぐると、急に天井の高い部屋に出ます。おお、ここは魚雷発射管室です。ここだけ妙に白っぽい照明で、真鍮や
ステンレスの冷たい金属と蛍光灯の雰囲気は、何だか深夜の工場にいるみたい。寝台にあぶれた隊員さんは魚雷ラックで
寝る羽目になる、と聞いていたので隊員さんに尋ねると、
「はい、実習等でイレギュラーな人員が乗り込むと、魚雷のすき間で寝る事があります。左右の魚雷がひんやりして、結構
快適ですよ。寝相の悪い奴が魚雷の隙間にはまり込んで、出れなくなった事がありましたけど」
楕円形の隔壁をくぐると、科員食堂に出ました。ここも水上艦に比べると、気の毒なくらい狭いです。6人がけのテーブルが
2つと4人がけのが1つ。満席でも16人です。隊員さんがイスの下を見せてくれました。あの有名な食糧貯蔵庫です。この時
はタマネギとジャガイモ、サツマイモ、カボチャが入っていました。
食堂に隣接して科員居住区がありましたが、ここも扉は無くカーテン1枚で仕切られているのみ。寝ている時も肉や魚の脂
が焼けるにおいがする…というのは、結構辛いものがありそうです。
壁には赤黒の名札があり、この辺は水上艦と同じ。圧倒的に海曹が多く、士長や一士はごくわずか。プロフェッショナルの
集団ですね、正しく。
調理場の中では今日の昼の仕込みが始まっていて、2人の給養員がすごいスピードで野菜を刻んでいます。厨房内もこれ
また狭く、小さなフライヤーではコロッケ10個を一度に揚げる事が出来るそうです。
ちなみに艦内は禁煙。一応機関室の片隅に禁煙スペースがありますが、ディーゼルエンジンが動いている時(=排気が出
来る時)しか許可されないそうです。
最後に機械室を通って、見学コースは終了。後部ハッチにつながる梯子を上って、甲板に出ました。
艦内にいたのはほんのわずかの時間でしたが、甲板に出ると何とも言えない開放感。いやあ、もうちょっとゆっくり見れば
よかった。それでも、まさかこんなに色々見れるとは思わなかったなあ。潜水艦好きとしては至福の体験です。
艦内では何人かの隊員さんに、潜水艦乗りの適性について尋ねてみましたが、皆が皆一様に
「物事に動じない、神経のニブい奴が向いてますね」
と、ちょっと自嘲気味に語ってくれました。恐らく、サブマリナーとして選ばれし者の、プライドの裏返しの照れ隠しなのでしょう。
しかし中には、
「とにかくニブい奴ですね。殴られても1時間ぐらい気付かないのが、丁度いいですよ」
という意見もありましたが、それは生物としてちょっとどうかと思いました。
あと、甲板にいたアンコ型の士長さんに、潜水艦でもF作業はするんですか?と尋ねると、
「いやー、潜水艦ではしませんよお。釣りなんかするヒマがあったら寝たいです。正直言って」
「それって、艦内の酸素濃度が低いからよく寝れる、って話がありますが、やっぱりそうなんですか?」
「いや、そんなのじゃなくて、とにかく仕事が終わったらもうバタリ、ですよ。バタリ(笑)」
最後にもう一度、甲板の感触をしっかり味わってから上陸しました。いやー、実に貴重な体験でした。機会があれば、また
乗ってみたいなあ…。
屋台のかき氷を食べつつテントの下で涼んでいると、なにやら子供の叫び声が聞こえました。
甲板を見ると、小さな子供がハッチの手すりにしがみ付いて駄々をこねています。どうやら甲板に上がったはいいけれど、
艦内に下りて行く垂直のラッタルが恐ろしくて仕方ないご様子です。地獄への竪穴にでも見えたのでしょうか(笑)。
お母さんらしき女の人がハッチから顔だけ出して、子供を艦内に引きずり降ろそうとしていて、周囲の乗組員達も手伝って
いますが、手すりにしがみついた子供はとうとう泣きだす始末。埠頭のあちこちから、ほのぼのとした失笑が上がります。
そこでお母さんは子供を放棄し、艦内に見学に行ってしまいました(ヒデー)。子供は結局、乗組員に抱きかかえられて艦を
降りる羽目に。ああ、もったいない…。
潜水艦が余程恐ろしかったのか子供は上陸してからも泣き続け、地連の職員や乗組員が必死にご機嫌を取っていますが、
一向に泣きやまず。せめてWAVEでもいればマシでしたが、オジサンばかりなので皆一様に困り顔。
するとその隙を突いて子供は脱走し、錯乱状態のまま埠頭から逃げ出そうと走って行きました。慌てた幹部乗組員の一人
が追いかけますが、日ごろの極端な運動不足が祟ってか、走る子供に全く追いつけません(笑)。再び失笑に包まれる埠頭。
まさかこんな所で寸劇が見れるとは思いませんでした。
他の乗組員達も、さすが潜水艦乗りだけあって全く動じません。
「あー、補給長、イイ運動になってるわ」
補給長さんでしたか(笑)。
結局先任海曹さんも応援に駆け付け、何とか2人がかりで子供は確保されました。2人と手をつないで帰って来た子供は、何
だかFBIに捕まった宇宙人のようでした。
念願の潜水艦の中に入れただけでなく、最後には面白いものを見せて貰いました(笑)。いやー、海を越えて徳島県まで来た
甲斐があったと言うものです。
ちなみに前夜の夕食は徳島駅近くの居酒屋さんで食べたのですが、ここではホラ貝のお造りを頂きました。山伏がぶおおお
と吹いているアレです。巨大な貝をハンマーでたたき割って出て来たのは、貝の旨みを濃縮したような驚きの美味。天気も良く、
色々と思い出深い遠征となりました。
途中で見つけた貯木池から突き出た街路灯です。浮かべた材木を夜間に上げ下げする時に
使うのでしょうが、何だか不思議な光景です。ヨコハマ買い出し紀行を思い出しました。